第35話 新しい家族(完結)



 ――数分後。

 優莉が投与した薬の効果が切れ、徐々に彌莉の意識が現実世界へと引き戻される。

 さっきまで暗闇だった視界に瞼越しに光が入って来て、さっきまで何も聞こえなかった耳になにか楽しそうな少女達の声が聞こえてきた。


「ちょっと止めてください! どさくさに紛れてどこ触ってるんですかっ!?」


 そんな愉快な声に誘われて彌莉は閉じていた瞼を開ける。


「またか……」


 いつの間にか見慣れた天井に彌莉はそんな言葉をボソッと呟いた。

 身体の感覚がない。恐らく全身麻酔がまだ効いているのだろう。

 首から上を動かせば見慣れた点滴スタンドにぶら下げられた点滴袋から伸びる管が布団の中まで伸びている。何も聞かなくてもこれだけで自分がどういう状況下なんとなくわかる。倒れる直前まで意識があり、それを鮮明に覚えている。そして今の状況を見れば医者の説明なくして自己解決できるぐらいには彌莉の頭はもう冴えている。

 落ち着かない部屋に設置されたベッドの横になったまま状況を理解していると部屋の窓から入ってくる新鮮な風が妙に心地良く感じた。視線を向ければそこに取り付けられた薄い半透明のカーテンが揺らいでいる。


(それにしてもよく生きていたな、俺)


 流石に今回はもう無理かと思った。自分で言うのもなんだが生命力に関して言えばゴキブリにも負けないかもしれない。


「あっ! ほ、ほら、二人共起きられたみたいですよ?」


 その言葉にじゃれ合っていた三人のうち二人が勢いよくこちらにやってくる。

 見なくても足音だけでわかる。

 間違ってもこのままベッドに飛び込んで来られたら間違いなくそれだけで大ダメージを受ける事になる。なので――。


「そのまま飛び込んでくるなよ?」


 と、小さい声だが聞こえると信じて先手を打つ。

 すると勢いよくこっちにやって来た二人の足音が急に静かになり、ベッドの上で仰向けの彌莉の顔を覗き込んでくる二人の少女――優美と遥。


「最後……俺、ルーミアの攻撃受けてその後どうなったんだ? なんだか生きているみたいだけど?」


 まるで答え合わせでもするかのように彌莉は二人に尋ねてみた。

 本当に俺達の戦いは終わったのか?

 そう、疑問に思ったから。

 どこか不安そうに様子を尋ねる声にニコッと笑って優美が答える。


「大丈夫だよ。泥棒猫の作戦は成功。そして皆救われたよ」


 続くように遥が柔らかい笑みで言う。


「ルーミアは弟のアルビオと再会した後、こちらで軽い治療を終えてすぐオルメス国を出て行ったわ。行く宛はないみたいだけど、二人で大人しく暮らせる場所を探すみたい。それに二人の再会を機にオルメス国を包囲していたドラゴンも居なくなった。きっとルーミアがドラゴンに指示を出したのでしょう。それとルーミアから伝言よ『私とアルビオを助けてくれてありがとう。君は本物の英雄(ヒーロー)だわ。いつか必ずお礼をしにまたお邪魔するわ』とのことよ」


「なら全部終わったのか? それで皆救われた……そういうことだな?」


 彌莉の問いかけに、優美と遥が笑顔で頷く。

 その笑みはどこか幸せそうで、活き活きとしている。

 彌莉は心の中で護りたい者(物)が護れて良かった、とようやく安堵する。

 久しぶりに見た優美の明るく純粋無邪気な笑顔と遥の柔らかく愛着がある可愛い笑顔は実に二年振りだろうか。ようやく返ってきた平和な日常、それはルーミアの言う通り誰かの犠牲の裏に成り立っているのかもしれない。

 だけど彌莉は、誰かの犠牲があるからこそこんなにも平和な日常がとても恋しくて儚く感じる事が出来るのだろうと思った。その身を持って教えてくれた、両親に心の中で感謝する。今があるのは間違いなく二人の愛情が合ってこその物だと思ったから。


「とりあえず優美、お疲れ様」


 彌莉は上半身だけベッドから起き上がらせて、優美の頭へと手を伸ばして頭を撫でてあげる。すると、待ってました! と言わんばかり甘い言葉を漏らしながら子猫のように自ら頭を擦り付けて甘えてきた。本当に甘えん坊の可愛い妹だな、と素直に心の中で思う。


「えへへ~、大好きだよ~」


「知ってる。ところで怪我とかは?」


「もう、大丈夫! 泥棒猫がお高い薬を用意してくれて優莉が治してくれたから!」


「そっかぁ……ならよかった」


 本当に良かった。

 なんだか、あり得なぐらい元気が良いように見えるのはきっと気のせいではないのだろう。まぁ、今回の一件で色々と吹っ切れたのならこれもまた良い結果なのかもしれない。すると、隣から唇を尖らせた遥がジッ―とこちらを見つめてくる視線にようやく気付いた彌莉は。


「あはは……そう言えば遥も甘えん坊な所あったな……」


 苦笑いをしながら、もう一つの手で遥の頭も撫でてあげる。


「ばかぁ……最初から私にも優しくしなさいよね……ったくもぉ……」


 怒っているのかそう呟くとベッドに腰を降ろして身体を預けてきた。

 小柄とは言え、怪我人の彌莉には少し重たく感じた。

 だけどその重みが今はとても愛おしいとも思える。

 本当は神経が麻痺してなんとなくでしかわからないのだが、それでも身近な人達の英雄(ヒーロー)ぐらいにはきっとなれたのだろう。その証拠に最近全然見てなかった頬を赤く染めた遥の照れ顔が見られた。違うか、きっと窓から差し込む夕日がそう見せているだけなのかもしれない。


「でも、まぁ、ありがとう。私を助けてくれて……///」


 それはつまり、遥の肩の荷もようやく降りたと言うことだろう。

 口元をもごもごさせて、手遊びをしながらそう言った遥。

 本当にこれで終わった。そう、終わったのだ。何もかも。


「ところで彌莉はなんでルーミアも助けたいと思ったの?」


「――そうだな、なんでだろうな」


「もしかしてなんとなく? 私は正直まだルーミアを許せない。だってアイツさえいなかったなら二人は生きてた」


「確かにそれはあるかもしれない。でもさ、よーく考えて欲しいんだが、優美が思うようにお二人は後悔して死んでいったのかな?」


「そりゃ……誰だって死にたくはないから、そうなんじゃないかな?」


「普通はそうかもしれない。でもさ、最後まで大切な人を護って最後まで悔いのない人生をもし送れたとしたなら、二人は今の俺達を見てどう思うかな。いつまでも過去に囚われてグチグチと下を向く俺達を天国から見て喜ぶと思うか? 俺はそうじゃないと思う。きっと俺達が前を向き成長した姿、なにより毎日を充実した日々で送ってる姿、今の家族と和気あいあいとして笑顔絶えない生活をしている姿、そんな何気ない幸せの毎日を送ってくれくれた方が二人もきっと天国で安心できるし、何よりあの時の行動に間違いはなかったんだと思ってくれるんじゃないかな。だってさ、親ってのはいつまで経っても口ではなんだかんだ言うけど実際は子供の事が本当は心配で仕方がない生き物だと俺は思ったんだ。お父様とお母様が残した日記を読んで。これは俺の個人的な意見だけど優美はどう思う?」


 その言葉に「う~ん」と言って彌莉、遥、優莉の順番で見ていく。

 すると、「いや、急に見つめないでくれる?」と遥が照れ隠しをして、「あら? いつの間にか私もですか?」と優莉が少し驚くも彌莉はすぐに「当然。だってお前は遥と家族。だったら俺達は同じ苦労を共に分かち合い乗り越えてきた仲でいいんじゃないか」と彌莉も今の家族だと肯定した。

 それを隣で聞いた優美が今度は彌莉の顔を見て。


「それもそうだね♪」


 と、腕を大きく広げ彌莉とそのすぐ隣にいる遥を抱きしめて言った。


 その無邪気な笑顔は見ている側も自然と笑顔にするのか、優莉も笑顔になって「そうですね、私達は血の繋がりがない家族なのかもしれませんね」と彌莉たちの元へやって来ては言った。


 これが今の俺の家族。

 血の繋がりはない、点でバラバラの四人。

 だけどこの人達とならずっと一緒にいてもいいと思える。

 なにより本当の家族のような関係になれると思う。

 困ったら当たり前のように迷惑を掛け泣きつき助けを請う。

 それは決して恥ずかしいことではない。

 この人達ならどんな自分もありのままで受け入れてくれる。

 そう思える。

 逆に誰かが困っていたら自然と助けたいと思える人達。

 お互いの立場や仕事がある以上、毎日は一緒にいられないかもしれない。

 それでも心は通じ合える。

 例え目の前に相手がいなくても、必ず通じ合えると信じている。

 だから――。


「なぁ、四人で家族写真でも撮らないか?」


 その言葉に反応する優美、遥、優莉。


「おっ、いいね! なら私は彌莉の隣ね!」


「ちょ! 私も隣がいい!」


「ふふっ、なら私は三人の後ろ。つまりは彌莉様の後ろにしましょうかね」


 最後に優莉がそう言ってポケットからスマートフォンを取り出してカメラを起動する。それからスマートフォンの位置調整をして棚壁へと立て掛けタイマーをセットして急いで戻ってくる。


 ――パシャ!


 眩しい光が消える。

 それから取れた画像を確認する。


「おっ、いいじゃん」


 彌莉が見た画像の中の四人は間違いなく皆ここ二年で見る最高の笑顔を見せていた。

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本当は逃げたいけど義妹を護る為に恐いけど最後まで立ち向かいます~俺の辞書に彼女という文字は……今の所存在しそうでしない理由は~ 光影 @Mitukage

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