第5話 美女のお願いごととは?


 ――。


 ――――…………。



 しばらくして彌莉が疲弊した気力を取り戻した所で遥が言う。


「珈琲ごちそうさま。美味しかったわ」


「それはよかった。なら御用が済んだ方はあちらからお帰りください」


 目を合わせようともせずただ玄関の方を指さしながら口を開く優美とは対照的にその言葉を完全無視してソファーに腰を深く下ろしくつろぎ始める遥に彌莉はもう余裕を持って会話に望めるだろうと判断し質問する。


「――で、今日来た理由は?」


 その言葉に部屋の空気がまた重たい物へと変わる。

 せっかく気楽に話せる雰囲気が出来上がってきたと思っていただけに少しショックを受けるもこればかりは仕方がないと納得する。

 どの道避けては通れない道なのならば回り道をこれ以上しても時間の無駄になるかもしれない。

 ならばと思い彌莉は遥を見やった。


「――できれば手短に頼む」


「そうね。多分察しの通りになると思うのだけれど今日はお願いがあってここに来たの」


 背筋を伸ばして彌莉を見る遥。

 それから咳ばらいを一度して真剣な顔で続ける。


「先日ルーミアっていう堕天使ルシファーの力を継承した一人がオルメスの北部にある軍事拠点の一つを攻めてきたの。あそこは北部の軍事拠点の中でも他国との貿易にも使われている重要な拠点の一つ。そこで拠点奪取のために力を貸して欲しいわ!」


 その言葉に彌莉は予想通りと言いたげに大きなため息と一緒に首を左右へと振る。


「堕天使ルシファーの力を継承したルーミアが出現。そんでもって拠点を奪取されたから取り返すため力を貸して欲しい――ときたか」


 頭で考えるも答えは既に決まっていた。

 情報が少なすぎる。

 リスクが高い。

 こちらにメリットがない。

 他にも主な理由はあるが、表の理由はそれなので彌莉はめんどくさそうに、


「無理だ。俺は忙しい」


「え? いや……いつも暇してるじゃない、家で!」


 問答無用で遥の願いを断った。



 ■■■


 ――遥か昔。

 善の人類はルシファーの力を継承した者によって大きな被害を受けた。

 それは気の遠くなるような三日間で、朝も昼も関係なく戦は続いた。

 綺麗な大地は水がなくなり干乾び、悲鳴をあげ幾つも割れた。

 力ある者達はにらみ合い、互いにけん制し合いながらも殺し合った。

 理性に優れた者は罠を設置し、敵を誘導し、捕獲し何度も殺した。

 そんな戦場に英雄などいなかった。

 その頃から人々は天使の力を継ぐ者を善の人間、堕天使ルシファーの眷属たちの力を継ぐ者を悪の人間と呼ぶようになった。

 善の人間はか弱く、堕天使ルシファーの力を継承をした者達の前では儚い存在。

 故に大国という大勢力に力を分散し生き残ることを最優先とした。

 正面から抗う力など誰一人持たない。

 そんな苦しい時代。

 故に死者の数は数えたらキリがない。

 大地が疲弊し血で汚れ空が赤く染まり海も赤く染まる程におびただしい数の血が流れ続けた。

 だけど時が経ち、ついに奇跡は起きる。

 神の力を継承した者達がこの世に誕生した。

 それから天使の力までしか持たなかった善の人類が勢力を拡大しなんとか生存圏の確保に成功。

 それでも全領土奪還という事にはならない。

 神の力は強力な反面大きなデメリットが存在する。

 それは力の消耗が激しいこと。

 故に全知万能には程遠い。

 時は同じく大天使ルシファーの力を継承した者も誕生したがこちらも同じ。

 一般的な天使の力より強力な力を持つが神の力と同じく全知万能には程遠かった。

 しかし、神の力を警戒した堕天使ルシファーの力を継承した者達は総力をあげ殺しにかかる。その過程でさらに多くの血が流れることとなった。そして総力戦に持ち込まれた戦争はお互いに切り札を温存したまま強制的に中断させられた。

 これ以上の犠牲を強いても敵の切り札を確実に潰せないと双方が判断したからだ。

 なによりお互いに戦う兵力も食料も住める土地もギリギリ寸前と戦いを維持するのが過酷になっていた。

 そのため話し合いなくして停戦状態となった両者。


 だが、それでは納得できない、と。

 好戦的な者達は言った。


 ――納得がいかない。

 死んでいった同胞の仇を今討たずしていつ討つのか?

 死んでいった同胞の思いを無駄にするのか?


 その言葉に多くの王が納得した。

 だが荒れ果てた世界を前にこれ以上国として戦うことは不可能。

 そんな事から全ての民を従えられた国はいなかった。

 そして王たちは言った。


 ――今は国としては無理だが個人や少数ならば可能。


 その言葉を持ってして堕天使ルシファーの力を継承した者たちが個人で動き始めた。

 そして天使の力を持つ者達も敵が攻めてくるからと大義名分を得て王の反対を押し切って自ら戦いに行く者たちが現れた。

 その根源は憎しみ、悲しみ、愛する者を失った復讐心と様々……。

 だからこそ善の王たちは言えなかった。

 ――辛いだろうが今は耐えてくれ、と。

 それは悪の人類も同じだった。

 かくしてその日から世界はある程度の平和と引き換えに新しい歴史へと舵を取り始めた。

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