いや、無理なんじゃないか?

 一つの友情の成立と共に、イストファとカイルは歩き出す。

 何も解決したわけではない。

 何かの解決までの速度が上がるわけでもない。

 攻撃の威力が上がるわけでもなければ、何かの恩恵があるわけでもない。

 ただ、イストファとカイルが友情を確認したという、ただそれだけ。

 ただそれだけの事が、イストファには重要だった。

 ただそれだけの事で、イストファの感覚は冴え渡るような鋭さをみせていた。


「ガアッ……ガッ!?」


 今まで通り「見えない場所」から襲ってきたグラスウルフの攻撃を、イストファの蹴りが顎を打ち上げるようにして防ぐ。

 足狙いの攻撃。このダンジョンに挑戦し始めた頃のイストファであれば回避すら不可能であっただろう攻撃に、イストファはカウンターまでしてみせた。


「フレイム!」

「ギャアウッ!?」


 態勢を崩したグラスウルフに襲い掛かる火炎放射のようなカイルの魔法は、まだまだ「焦がす」程度の威力しかない。

 しかし、それでも火を恐れる獣の本能を刺激するには充分だ。


「ウオオオオオオオオオオオオオオン!」

「チッ、イストファ!」

「分かってる!」


 仲間を呼ぶ叫び。

 このダンジョンの中では視認できない場所には声は届かないはず。

 それでもグラスウルフは仲間を呼んだ。

 それはつまりグラスウルフの「叫び」は文字通りのものではなく……仲間が「必ず来る」何かだということ。

 短剣を逆手に構えたイストファの一撃がグラスウルフを裂き、そのまま貫きトドメを刺した時……「うおっ!」という叫びが背後のカイルから響く。


「カイル!」


 振り返ったイストファの視線の先では、カイルが杖を取り落とし地面を転がっていたところだった。

 その近くでは、カイルの杖を咥えたグラスウルフがペッと吐くように杖を地面へと捨てている。

 状況としてはカイルが首を噛もうと跳び上がってきたグラスウルフの一撃を杖で防御し、そのまま取られたといったところだろう。

 そのままイストファの下へと転がったままやってくるカイルは、イストファの足にぶつかって止まるとピッと音が出そうな勢いで手を上げる。


「すまん、任せる!」

「任された!」


 カイルを追うように低く地面を走るグラスウルフ相手に、短剣を逆手に構えたままイストファは走る。

 普通に構えていたのでは、人間とは違う態勢で走るグラスウルフは斬れない。

 だからといって逆手に構えれば斬れるという程単純なものでもない。

 必要なのは、どうすれば「当てやすい」かという、ただその一点。

 獣が牙を獲物に突き立てる動きに倣うかのような、美しさというものからはかけ離れた動き。

 故にイストファの剣はイストファの牙として、グラスウルフに脅威と認識される。


「ガアアアアア!」


 走る。無防備なイストファの足へと向けて、グラスウルフは駆ける。

 何処を噛めばいいか、本能的に察しながらの動き。

 たとえ自分に届く位置に牙を持とうとも、可動範囲は知れたもの。

 その足に向けて、グラスウルフは牙を剥き出し駆けて。


「ボルト!」

「ギャン!?」


 襲ってきた輝き。

 軽くパリッとするような痛みに、グラスウルフは一瞬目を閉じる。

 その致命的な隙が、勝敗を分けた。

 グラスウルフが一瞬後に見たものは、転がったまま自分に指を向けているカイルと。

 自分を切り裂く、イストファの短剣。

 そして、トドメの連撃……自分を刺し貫く、イストファの姿だった。


「ふうー……」


 動かなくなったグラスウルフを見下ろしながら、イストファは息を吐いて。


「あっ!」


 唐突に思い出したようにカイルの近くに放置してあったグラスウルフのあった場所へと振り向く。


「残念、こっちはもう消えてる」

「ああー……」


 座り込んだカイルが摘まみ上げている鋭い牙のようなものを見て溜息をついたイストファは、自分の目の前のグラスウルフから魔石を取り出す。


「ま、いいか……それよりカイル、さっきはありがとう」

「あ?」

「さっきの魔法。あれ、凄く助かったよ」


 イストファが魔石を袋に仕舞いながらそう言うと、立ち上がったカイルは呆れたようにイストファの近くまで歩いてくる。


「お前なあ……」

「え。な、何?」

「そういう時はな、ナイスフォローって言うんだ」

「な、ナイスフォロー?」

「おう、中々よかったろ。杖が無いから想像以上に威力がショボかったけどな」


 イストファに牙を押し付けると、カイルは転がっている杖を拾う。


「よし、傷は無いな……」

「そういえば……カイルのその杖って、やっぱりあると魔法が強くなるんだ?」

「ん? そりゃ当然だろ。魔法士の杖ってのは剣士にとっての剣みたいなもんだ。具体的な理屈までは知らんが、杖を失った魔法士程頼りにならないものはねえぞ」


 特に俺はな、と胸を張るカイルにイストファは苦笑して……ふと気付いたように「あ、それなら」と声をあげる。


「ひょっとして、僕でも杖を使えば魔法とか」

「ん? んんー……」


 しかしイストファの言葉にカイルは難しそうな顔で首をひねってしまう。


「……いや、無理なんじゃないか? 俺が名剣を持てば一流の剣士になれるかってのより過酷なチャレンジな気がするぞ」

「そこまで厳しいの……?」

「エルフに魔力がないって言われるのは重いからなあ……たぶん本気で成長の余地がないんだと思うぞ」


 改めて突き付けられた事実にガックリとしながら……けれど、それでもたいしたショックではない事にイストファは気付いていた。

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