そういえば自己紹介もまだだったな
「メガン・ボルテクス!」
「ぎゃあ!」
「ぐはっ!」
カイルの杖から放たれた枝分かれする電撃が複数人の男達を吹き飛ばす。
「ちょ、カイル!?」
「知ってるだろう、大丈夫だ!」
確か軽く殴る程度だと言っていただろうか、とイストファは思い返す。
しかし今の吹き飛び方は「軽く殴る」程度には見えなかったが……まあ、気にしている暇もない。
「あのガキ……本物の魔法士かよ!」
「ならテメエから!」
剣を振り上げ襲ってきた男だが……しかし、その適当極まりない一撃はイストファの短剣に簡単に防がれてしまう。
「なっ……」
「でやあっ!」
気合と共にイストファが力を込め短剣を振り上げると、握りの甘い男の剣は簡単に弾かれ宙を舞う。
ついでとばかりに放った蹴りで男は小さな呻きと共に転がり……続く男の剣もやはりイストファに防がれる。
「な、なんでだよ! なんでこんなガキ共がこんなに……ぎゃあ!」
カイルのボルトで吹っ飛んだ男が地面に転がり、すでに二人ほど何処かへ逃げ出してしまっている。
「決まってんだろ? 向上心の差だ!」
剣を握ったままオロオロとしていたリーダー格の男はようやく状況を理解したのだろう。
「畜生!」と叫んで路地裏に逃げようとするが、カイルのボルトの魔法で吹き飛んで転がっていく。
「……ハッ。ま、こんなもんだな」
短剣を鞘へと仕舞ったイストファの下へ歩いていくと、カイルは拳を突き出してみせる。
その意味を再び問う程、イストファも野暮ではないし馬鹿でもない。
カイルの突き出した拳に、イストファも拳を合わせて。
「……おつかれ、カイル」
「ああ。おつかれだ、イストファ」
そう言って笑い合う。
カイルからしてみれば当然の撃退。
けれど……イストファからしてみれば、これは落ちぶれ者の如き立ち位置からの完全な別れでもあった。
あの路地裏の落ちぶれ者達から奪われ続ける生活を、ようやく抜け出した。
それがイストファにも実感として浮かんできたのだ。
「今の音は……あっ、貴様等さては!」
「ひっ……逃げろ!」
戦闘音……特にカイルの魔法の音に反応して走ってきたのだろう衛兵達が、地面に転がる剣や落ちぶれ者達を見て笛を吹き鳴らす。
「待て、逃げられると思ってるのか!」
「うわあー!」
一人の男が取り押さえられ、剣を拾って逃げようとした別の男がその隙に捻じ伏せられる。
それでも数人の男が逃げていくが、周囲から聞こえてくる衛兵達の声から考えれば逃げるのは難しいだろう。
イストファ達の居た場所にも応援の衛兵達が数人やってきて、残された武器の回収や男達の連行を始めている。
そのうちの一人……恐らくは衛兵のまとめ役だろう女が、イストファとカイルの下へやってくる。
「災難だったな。それと、協力に感謝する」
近づいてみると結構若いようで、おそらくは20代前半くらいであるようにイストファには見えた。
緑色の髪を整え、美しいというよりは凛々しいといった顔立ちの女はイストファ達に敬礼すると「さて」と言いながら姿勢を正す。
「面倒を重ねるようですまないが、君達にも聞きたい事がある」
「それはいいが、お前は誰だ」
カイルが不機嫌そうな……恐らくはデフォルトでそうなのであろう表情でそう問いかけると、衛兵の女は「ああ、そうか」と気付いたように頷く。
「そういえば自己紹介もまだだったな。私はエルトリア第三衛兵隊長、アリシアだ」
「フン、俺達を子供だとナメているからそんな基本も忘れるんだ」
「ちょっとカイル……」
「いや、言う通りだ。耳が痛いな」
カイルの言葉に怒るでもなく苦笑すると、アリシアはイストファへと振り向く。
「さて、君の名前は知っているが……一応自己紹介して貰えるかな」
「えっ」
疑問符を浮かべるイストファにアリシアは答えず、黙って促す。
「僕は、イストファです」
「俺はカイルだ」
「うむ、よろしくイストファ、カイル」
「で、イストファを知ってるというのはどういう事だ」
早速噛みつくような勢いのカイルに、アリシアは「うむ」と頷く。
「他の衛兵から相談は受けていた。何か助け出すような方策はないか……とな」
「それは……」
「君の話を聞いて心苦しくはあったが、結果から言えば無理だった」
「何故だ」
詰問するようなカイルの口調に、アリシアは「分かるだろう?」と苦々しい表情になる。
「イストファを助ける。それはいい。美談だ。だが、その後どうなる」
「……救いを求めて有象無象が殺到するだろうな」
「その通りだ。そしてそれをどうにか出来る制度はエルトリアにはないし、イストファに妬みが向けられるような事もあってはならない」
ただでさえ、エルトリアには夢破れた落ちぶれ者が多すぎるのだ。
明確な犯罪を犯したと判定できる者を捕えても牢が足りなくなる有様だし、放逐しても何処からか戻ってきてしまう。
かといって、極刑に処すほどの罪を犯しているわけでもない。
邪魔だからといって殺せる程、法は腐ってはいないのだ。
「……結果論になるが、君の誠実さが報われて良かったと心の底から思うよ、イストファ」
「はい。ありがとうございます」
「礼を言われるような事は何一つしていない。だが、そうだな……困った事があれば訪ねて来るといい。私にできる範囲であれば手助けできる事もあるだろう」
そう言うとアリシアは「さて」と手を叩き手帳を取り出す。
「では、早速簡単ではあるが事情聴取といこうか」
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