でもありがとう、カイル

 すっかりイストファ達を放置して噂話で盛り上がる冒険者達をそのままにして冒険者ギルドを出ると、カイルはふうと息を吐く。


「しかし……こんな場所でも、そんな事件は起こるんだな」

「さっきの話?」

「ああ」


 頷くカイル。しかしイストファからしてみれば当然のことのようにも思えた。

 だからカイルの言葉の意味が分からずに「そうかな」と曖昧な返事を返す。


「そうだ。俺はこの街では、そんな事件とは無縁だと思ってた。まあ……お前の話を聞いた時から『そうじゃないんだな』という考えはあるにはあったが……武器屋への押し入りまであるとはな」

「確かに僕も聞いたことはないけど……」


 勿論、聞いたことがないだけで実はあったという可能性だってある。

 落ちぶれ者に近い位置にいたイストファにとって、街の事情なんてものは誰かが世間話に聞かせてくれるようなものではなかった。


「衛兵がどうにかするべき事ではあるが、自衛はせんとな」

「そうだね」


 言ってみれば、落ちぶれ者による強盗が強盗殺人に切り替わる可能性が高くなったのだ。

 武器屋の武器を奪うという事は「そういう事」で、衛兵が本気を出して捜査するには充分すぎる事件だ。


「その武器でダンジョンに潜るつもりなら、まだマシなんだがな」

「……そう、だね」


 言われてイストファが思い出したのは、フリート武具店での一件だ。

 あの時、フリートは自分の店の商品を狙っている連中がいると言っていた。

 イストファのせいではないと言っていたが……切っ掛けはやはり自分なのではないかとイストファは思うのだ。

 自分が落ちぶれ者から抜け出したから、自分にもできると考える者が多くなったのではないだろうか?

 そんな風に考えて。その瞬間、カイルに肩をどつかれる。


「カ、カイル?」

「お前のせいじゃないからな」

「何も言ってないよ」

「いいや、顔に書いてあるぞ。『僕が成り上がったから皆そうしようと思ってるんだ』ってな」

「い、いや。そこまでは」

「言っとくがな、連中がそれで成り上がったとしてもお前と同じじゃない。そこはちゃんと線引きしとけ」


 カイルはそう言って、フンと鼻を鳴らす。


「犯罪で現状をどうにか出来ちまった奴は、何かある度にそれに頼るようになる。マトモな道になんざ、一生戻れねえんだ」

「でも、それを言うなら僕だって」

「ほー。じゃあお前の人生にゃ、真面目に生きてたら金貨くれるような奴が何度も現れるのか。お?」

「い、いや。それは」

「違うだろ? ていうかお前の場合は其処じゃねえ。『真面目に生きる』っていう出発点がある。だから何とかなって、だから『今』がある。そこを履き違えるんじゃねえ」


 言いながらイストファを突くカイルに、イストファは「うん」と答える。

 そんな事を言ってくれるのが嬉しくて、気付けば素直にそう答えていた。


「まったく、こういうのは俺のガラじゃねえぞ。お前の師匠の役割じゃねえか」

「はは……でもありがとう、カイル」

「フン」


 照れたように言うカイルにイストファは笑って。

 そうして歩いている二人の表情は、やがて険しいものになっていく。


「……気付いたか、イストファ」

「うん」


 冒険者ギルドから宿屋のある通りへは、鍛冶屋などのある職人通りを抜ける必要がある。

 そして職人通りは夜には大抵炉の火を落として無人になるが……そうなると、自然と治安も悪くなる。

 勿論衛兵も巡回しているが、とても足りているとは言えない。 

 そして、そんな場所で……イストファ達は、路地裏からの視線を強く感じていた。

 自然と武器に手がかかり……その瞬間、路地裏から何人かの男達が飛び出てくる。

 その手には、古びた……あるいは、安っぽい造りの剣が何本か。


「噂の連中のご登場みたいだな」

「うん」


 カイルは杖を構え、イストファは短剣を抜き放つ。

 そのシャン、という涼やかな音に男達はビクッと震えるが、それでもイストファ達を馬鹿にした表情で囲み始める。


「おいガキ共。大人しく持ってるモンを全部渡しな。それで勘弁してやらあ」

「当然断る。なあ?」

「うん。渡すものなんか、一つもない」


 不敵に笑うカイルに、イストファもそう答える。

 そう、奪わせる気なんて……全くない。

 しかし、男達はイストファ達がそう答えるなど予想もしていなかったのだろうか、手に持っている剣を見せびらかすように掲げる。


「おいおい、この剣が見えねえのか。そんな棒きれと短い剣で何とかなるつもりか?」


 その一言で、イストファとカイルは確信する。

 ああ、大丈夫だと。

 全く怖くないと。

 目の前のこいつ等は……ゴブリン以下だと。


「殺すなよ、イストファ」

「カイルこそ、ね」

「お前、俺の魔法に人殺すような威力があると思ってんのか」


 カイルの無駄に自信満々な言葉にイストファは思わず吹き出して。

 そんな二人の余裕が気に入らず、男達の……恐らくはリーダー格であろう男が叫ぶ。


「ナメやがって……ブッ殺しちまえ!」

「アホだな」

「うん」


 奇声をあげて剣を適当極まりない構えで振り回し襲ってくる男達。

 人数だけでいえば、絶対的不利。

 それでもイストファは……まったく、怖いとは思わなかった。

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