あの路地裏の連中と似たような目をしている

「な、まさか! 追ってきたっていうのか!?」

「たぶん、だけどね」

 

 どういう理屈で追ってきたのかは、イストファには想像するしかない。

 匂いか何かを辿られたのかもしれないし、付かず離れず追ってきていたのかもしれない。

 そしてひょっとすると、油断する時を待っていたのかもしれない。

 想像するしかない。

 想像するしかないが……どちらにせよ、ハッキリしていることはある。


「逃がしてはくれないみたいだ。なら……」

「やるしかない、か」


 イストファの言わんとしている事を察して、カイルも杖を構える。

 幸いにも、まだグラスウルフは一匹だ。

 ならばやりようはあると、イストファは短剣を下段に構え直す。

 走ってくるグラスウルフを迎え撃つようにイストファも走り、地面を薙ぐように剣を振るう。


「くっ!?」


 しかし、イストファの短剣をグラスウルフはアッサリと回避しレッグガードに牙を突き立てる。


「この……っ!」


 そのまま斬ってやろうと短剣を振るえば、グラスウルフはそれもひらりと回避して距離をとる。


「フレイム!」


 放たれたカイルの炎もイストファとグラスウルフの間に距離を作る程度の役にしか、たちはしない。

 しかし、それでもイストファには充分だった。


「大丈夫かイストファ!」

「うん、僕は大丈夫!」


 買ったばかりの硬革のレッグガードは多少の傷はついたものの、グラスウルフの牙に貫通することもなくイストファの足を守っていた。

 もし無ければ、動けなくなっていた可能性すらあっただろう。

 まだいける。そう判断し、イストファはグラスウルフを睨みながらじりじりと動き、カイルの近くまで戻っていく。


「どうだイストファ、いけそうか?」

「……早くも逃げたい。正直、当てられる気がしない」


 ゴブリンは人型で、イストファにもある程度動きが予測できた。

 けれど、グラスウルフは人ではなく狼だ。

 その四肢が生み出す人間とは異なる獣の動きは、イストファに予測できるものではない。

 それでいて、四足歩行の獣故の「低さ」がイストファに不利に働く。

 ゴブリンを相手にする時と同じような剣の振り方をしていては、グラスウルフには当たらない。

 イストファはそれを、嫌というほどに理解できた。


「そうか。だがきっと逃げられねえぞ」

「分かってる。たぶん、逃がしてくれない」


 あの路地裏の連中と似たような目をしている、とイストファは思う。

 こちらが弱いと、簡単に奪えると。そう考えている目。

 イストファが何度も、何度も……毎日のように見てきた目だ。

 だから、その目を見て。イストファは、逃げる気を無くした。


「……やろう、カイル」

「ああ、どうする。アイツ、余裕ぶってやがるぞ」


 襲ってくる様子はない。

 油断している様子も無いが、先手を取らせてもいいと思っている可能性はある。

 それでも問題ないと、そう思われているのだ。

 そして実際、イストファの短剣ではグラスウルフを捉えられず、ナイフもすでに無い。


「カイルの魔法が頼りだ」


 あのグラスウルフは、イストファ如きの剣は恐れない。

 けれど、カイルの魔法の炎は恐れる。

 だからさっきはカイルを狙ってきたし、つけこむ隙はそこにしかない。


「……言っとくが、まともに当たるとは思ねえぞ。当たってもたいした怪我もするとは思えねえ」

「そっか。だったら、何も気にせず撃っていいよ」

「はあ?」


 カイルはその言葉に疑問符を浮かべ……やがて「まさか」と声をあげる。


「お、おいおい。そりゃまさか」

「いくよ!」

「あ、おい! ったく……フレイム!」


 イストファが走り出すその直前にカイルのフレイムの魔法が放たれる。

 見た目だけは熱そうな火炎放射は大地を軽く焦がし、グラスウルフは本能的に恐れ後ろへと下がっていく。

 その間隙をつき、イストファは走る。思考の隙間の、ほんの僅かなラグ。

 ゴブリン相手であれば確実なチャンスとなったであろうソレも、グラスウルフ相手では足りない。

 フレイムが僅かに焦がした草原をグラスウルフは、イストファを迎え撃つべく走る。

 簡単だ。鎧が守っていない首を噛めばイストファは死ぬし、グラスウルフにはそれが出来る。


 グラスウルフは走り、イストファの短剣を避けて跳ぶ。

 牙を剥き出しにして、まずは押し倒すべくイストファへと襲い掛かって。


「ガヴァッ……!?」


 イストファが横凪ぎに突き出した腕が、大きく開いたグラスウルフの口の中へと飛び込んだ。

 カウンター気味に突き出された腕は、しっかりとアームガードで守られグラスウルフの牙は通らない。

 そうであることは、先程グラスウルフ自身が証明してしまった。

 力を込めれば食い込ませることもイストファの腕に何らかのダメージを与える事も可能かもしれないが……想定すらしていない行動に、グラスウルフの思考は多大な混乱を強いられて。

 しかし、このままではまずいと冷静さを取り戻そうとした、その瞬間。


「カイル!」


 グラスウルフに噛みつかれたままの腕を、イストファはブウンと大きく振るう。

 

「フレイムッ!」


 ダメだ、拙い。炎だ、炎が来る。

 グラスウルフは炎への混乱からイストファの腕を離し、なんとか避けようとする。

 だが、間に合わない。

 地面に落下するその直前に、カイルのフレイムの魔法が……僅かに火傷させる程度が関の山の魔法の炎が、グラスウルフの表面を焦がす。

 そしてそれは、グラスウルフから更に判断能力を奪うには充分すぎた。


「……!?」


 気づいた時には、もう遅い。

 飛び掛かるようにして襲い掛かってきたイストファの短剣が、グラスウルフを下から上へと薙ぐ。

 そして……それが、この戦いの決着だった。

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