ズルいぞ、そんな剣

「にしても、なんか。身体が少し軽いような……?」


 疲れ切ってもおかしくないくらいに動いているはずだ。

 なのに、まだ動ける。疲れているのは確かだが、それほどまででもない……気がする。

 正直、よく分からない。ひょっとするとモンスターと戦う事で何か鍛えられているのではないだろうか、と。そんな事をイストファは考える。


「ま、いいか。それより稼がないと」


 分からない事は、今は分からないで良い。そう切り替えてイストファは一歩、歩いて。

 氷柱を背中に差し込まれるような悪寒を感じ振り向く。


「え……」


 そこに居たのは、ゴブリン。自分目掛けて短剣を構え走ってくる、その姿。

 背後を狙われたのだと、イストファはそう気付く。

 最初のゴブリン相手にイストファがそうしたように、ゴブリンもそうしてきたのだ。


「こ、この……!」


 短剣は手に持ったままだ。リーチも同じ。それなら、充分迎撃できる。

 イストファは振り向き、ゴブリンを迎え撃つべく短剣を構えて。

 大丈夫だ、と判断する。さっきのゴブリンもこのゴブリンも、武器の扱いは上手くない。

 精々、自分と同じかそれより下程度。「物も斬れる棒」程度の考えでしかないのは明らかだ。

 けど、このゴブリンはさっきのゴブリンよりも速い。懐に入り込むのは無理だ。

 イストファはゴブリンの振り下ろしてくる短剣を弾いて隙を作ろうとして。

 瞬間、嫌な予感がして後ろへと跳ぶ。その僅か前に鳴り響いた、キインという音と衝撃。

 そして、イストファは驚愕する。迎撃しようとしていたが故に僅かに掠った剣先。

 それが、綺麗に切り裂かれていたのだ。


「え……なっ!?」


 切り裂かれた短剣の先とゴブリンを見比べ、イストファは唖然とする。

 不良品。そんな言葉が一瞬頭に浮かんで「違う」と呟く。


「なんだ、あの短剣……」


 他のゴブリンが持っていたものとは明らかに違う、綺麗に輝く短剣。

 柄に赤い宝石の嵌ったその短剣は、まるで美術品のようだった。

 間違いない。間違いなく、あの短剣の仕業だ。

 アレが、イストファの持つ短剣を上回っているのだ。


「くそっ……これしか武器ないんだぞ……!?」


 これを失ったら稼げない。それが分かっているだけに歯軋りしそうになる。

 でも、もう先が欠けてしまった。この短剣で「刺す」のはもう難しいだろう。

 なら、斬るしかない。


「大体、ズルいぞそんな剣……」


 そんな言っていてもどうしようもない事を、思わず言ってしまう。

 まともにやりあっても、武器の差で勝てないかもしれない。

 ならどうする?

 逃げれば大丈夫だろうか。この場所が「遠くにいる敵が見えない」として、それがモンスターに適用されるという確信がない。

 もしイストファに……人間にだけそのルールが適用されているなら、逃げてもイストファに一方的に不利になりかねない。

 なら、嗚呼……それならば結論は一つしかない。


「くそう……此処から逃げるのが、一番の悪手じゃないか」


 やるしかない。すでに目の前に襲い掛かってきているゴブリンの攻撃を、イストファは転がりながら避ける。

 隙を見せないように素早く起き上がり、イストファはゴブリンを睨みつける。


「逃げられないなら……倒すしかない」


 その先にしか、未来はない。多少いい武器を持っていても、あれがゴブリンなら。

 倒せないような奴は、一流冒険者になんてなれはしない。

 なら、それならば。


「お前を……やっつけてやる!」


 イストファは叫び、走ってくるゴブリン相手に投げつける。


「ギッ……!?」


 突然目の前に飛んできた短剣を、ゴブリンは慌てたようにしゃがんで避ける。

 ちょっと考えれば自分の短剣で迎撃すれば良いものと分かるだろうに、そうはしなかった。

 それがゴブリンの知能の低さ故か、それとも本能によるものかは分からない。

 けれど。「そうしなかった事」がゴブリンの最大の失敗である事は……その顔面にめり込んだ、イストファの拳が証明していた。


「ギャッ!?」

「あああああああああああ!!」


 短い悲鳴をあげて、それでもゴブリンは短剣を手放さない。

 仰向けに倒れたゴブリンの短剣を持つ腕を、イストファは何度も踏みつける。

 これで斬られたら死ぬ。その恐怖が、絶対に使わせないという決意と行動に繋がっていく。


「この、このこのこのお!」

「ギ、ギギギ……ギアッ!」


 ゴブリンの手から短剣が落ちたその瞬間、イストファは短剣を蹴り飛ばす。

 離れた場所に転がる短剣。その場所目掛けてイストファは走り……数瞬遅れてゴブリンも起き上がり走る。

 イストファは、このままゴブリンを踏みつけても殺すに至る事など出来ない。

 ゴブリンは、あの短剣が自分の「凄い武器」であると理解している。

 あの短剣があれば勝てる。そんな想いを抱いたのは、両者共に同じであったのだろう。

 先を走るイストファの服の裾をゴブリンは掴もうとするが、その手は何もない場所を薙ぐに終わる。


「ギッ……!?」


 イストファが転がり短剣を掴んだのだとゴブリンが気付いたのは、次の瞬間。

 イストファが短剣を構え素早く起き上がろうとしているとゴブリンが分かったのは、その次の瞬間。

 飛び込むようにして跳ね起きたイストファの短剣が自分に突き刺さったとゴブリンが知ったのは、その更に後。


「ゲ、ア……」


 トドメの一撃が、ゴブリンの命を刈り取って。倒れるゴブリンを見下ろしながら、イストファは先程までゴブリンのものであった短剣をギュッと握る。


 この短剣が、欲しい。

 心の底からイストファはそう願った。買った短剣は破損してしまった。

 直すにはお金が要るし、どのくらいかかるかも……そもそも直せるものなのかすら分からない。


 でも、この短剣があれば話は違う。元あった短剣を遥かに超える切れ味。

 これが手に入るなら、魔石なんて要らない。

 だから、だから。


「神様……この短剣を、僕にください」

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