あの剣、持っていけないかな

 短剣を握っていない手をギュッと握るとイストファは先程とは違い、ゆっくりと次の一歩を踏み出す。

 暗闇の中、他の人にぶつからないように進むようにゆっくりと。

 周囲を注意深く見回し、見える広々とした光景に「本当にこれで合っているのか」と疑問符を浮かべながら歩く。

 間違っているのか、合っているのか。それも今のイストファには判別できない。

 だからこそ、少しでも情報を集められるようにイストファは全神経を周囲に巡らせる。


「……大丈夫だ、よな。けど……」


 しばらくやってみて、酷く非効率的だとイストファは思う。

 確かにこれなら、安全……のはずだ。けれど、稼ぐという目標には程遠くなる。

 この広い場所にゴブリンがどれだけいるのか分からないが、一日かけて小さな魔石1個というのは、稼ぎとしてはナシなのではないだろうか?


「やっぱり、普通に歩こう。走るのだけ無しってことで」


 そう決め直すと、イストファは歩く速度を少しだけ早める。

 それこそ、気楽な散歩程度のスピードに。これなら、何の問題もないはずだ。

 そうして歩いていると、視界の先に3体目のゴブリンが現れる。

 けれど、それは運悪く。非常に運の悪い事に、イストファの方を向いていたのだ。


「ギイイイイ!」

「う、うわあ!?」


 真正面からの咆哮をぶつけられたイストファは僅かに退きそうになるも、踏み止まりゴブリンを睨みつける。

 負けない。ゴブリン相手にいつまでも手間取っていては、一流の冒険者など程遠い。


「う、うおおおおお!」


 走ってくるゴブリンに気合で負けないようにイストファは吠え、迎え撃つように走り出す。

 ゴブリンが持っているのは、汚れた長剣。武器のリーチでは勝てない。

 その長剣を高く掲げ振り回すようにして走ってくるゴブリンに対し、イストファは低く短剣を構え走る。


「で、やあああああ!」

「ギイイイ!」


 ゴブリンの剣が振り下ろされるその前にイストファはゴブリンの懐に入り込むと、一気に胸元に短剣を突き入れる。


「ガッ……」

「うわあああああ!」


 短剣を引き抜き、ゴブリンを両断せんという勢いで振るい切り裂く。

 ゴブリンの手から長剣が落ちた音を聞きながら、イストファはゴブリンを押し倒すようにトドメの一撃を叩き込む。

 

「ふう、ふう、ふうう……」


 荒い息を吐き、イストファはゆっくりと辺りを見回す。

 その視線が向けられたのは、ゴブリンの持っていた長剣だ。

 さっきのゴブリンが持っていたナイフよりは綺麗で、それでも薄汚い長剣。

 そんなものでも、まともに当たればイストファは死んでいただろう。

 たとえばイストファが懐に入り込むより先にゴブリンの剣が振り下ろされていたなら、それだけで結末は変わっていたかもしれない。それ程までに、リーチの差というものは残酷だ。


「……あの剣、持っていけないかな」


 そんな事を考えながらイストファは長剣を拾い上げる。

 漂ってくる臭い香りに少し顔をしかめるが、洗えば大丈夫だと気を取り直し……自分の横に置いて、イストファは魔石を取り出す。

 先程と同じ大きさの魔石を見て頷くイストファの前で、ゴブリンの死骸と長剣がスッと掻き消える。


「え!? 消えちゃうの!?」


 イストファが魔石を取り出した瞬間に、剣も消えた。

 これはつまり武器を持ったモンスターを倒しても、その武器は手に入らないということなのだろうか。

 それは随分と意地悪な話だとイストファは思う。


「……はあ、仕方ないか」


 魔石を袋に入れ、イストファは立ち上がる。

 手に入らないものをいつまでも惜しがっても仕方ない。

 そう考えて、次のモンスターを探す為に気持ちを切り替えた。

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