世界は優しくない。けれど、思ったよりは優しい

 そんな妙な事をステラが言っているとは夢にも思わないイストファは、草原を走る。

 ステラに貰った情報は、とても有用だ。

 ゴブリンはずる賢い。ダンジョンでは放置していると死骸は消えてしまう。

 そして、ダンジョンにいるモンスターは普通ではない。

 どれも知らずにいて良いものではないだろう。


「ゴブリン、は……っと!」


 突然視界の先に現れたゴブリンの姿に、イストファは思わず自分の口を塞ぎ足を止める。

 そこに居たのは、イストファに背中を向け歩いていた1体のゴブリン。

 錆びたナイフのようなものを手に持っているが、呑気に散歩でもしているように見えた。

 今まで何処に居たのか、どうして見えなかったのか。分からないが……イストファはグッと態勢を低くすると、全力でダッシュする準備を整える。


「ギ?」


 前方を歩いていたゴブリンがイストファに気付き威嚇の声をあげるその前に、イストファは足に力を籠め一気に距離を詰める。


「でやあああああ!」

「ギアッ!?」


 踏み込み、短剣を振り下ろす。

 その動きは先程よりも迷いなく、先程よりも鋭く。

 自分でも思っていなかった程の動きにイストファは驚くが……そこで油断はしない。

 ゴブリンはずる賢い。ステラに言われたその言葉が、イストファを突き動かし更なる一撃を繰り出す。


「グ、ガ……」


 倒れたゴブリンに最後の一撃を突き入れると、イストファは僅かに離れてゴブリンを観察する。

 寝ている人間とは違う、ピクリともしないその身体を見て……ようやく「死んでいる」と確信する。


「……ふう」


 これで大丈夫。そう安堵すると、イストファはゴブリンの死骸の近くに膝をつき心臓があるだろう部分に短剣を突き入れる。


「あ、れ? これは……」


 本来生き物の心臓があるべきであろう其処には、心臓ではなく小さな赤い石のようなものが存在していた。

 イストファの小指の先程の小粒で色が薄く、しかし自ら発光する不思議な石。


「これが、魔石……」


 よく分からないが凄い力を秘めているように見えるそれを、イストファは腰の袋に入れる。

 わざわざ衛兵が教えてくれたからには、たぶんこの魔石が何らかの成果として数えて貰えるはずだとイストファは考える。

 ならば、これを集める事が結果に繋がるはずだ。

 そんな事を考えているイストファの目の前でゴブリンの死骸は消え、持っていたナイフも……何かが倒れていた跡すら其処には残らなくなる。


「……ほんとに不思議だなあ。どういう仕組みなんだろう」


 不思議といえば、ゴブリンが突然現れる仕組みも不思議だった。

 ダンジョンはそういうものだろうかと考えて。やはり違うとイストファは思う。


「……あのゴブリン。突然現れたっていうよりは『突然見えるようになった』って感じだった。これだけ天気が良くて見通しがいいのに、そんな事あるのか?」


 冒険者ギルドで情報を買えば、その辺りの事も分かったのだろうか?

 しかし今回は「お金を貯めて後日情報を買ってダンジョンに挑む」といったような手段はとれない。

 せめて安全な宿に泊まれるようにお金を稼いでおかなければ、失うものが多すぎるのだ。

 そればかりは、イストファが許容できることではなかった。


 世界は優しくない。それがイストファが冒険者を始めてから得た真実である。

 けれど、思ったよりは優しいというのも……今日知った事実ではあった。

 まだその辺りの整理はついていないが、理解できることはある。

 たぶん……たぶん、なのだが。

 他人から優しさを向けられるには、最低ラインが存在している。

 それが「人」としての基準であり、イストファはかろうじてそのライン上に居るのだ。

 だから、そこから滑り落ちる事は許されない。

 少しでも上へ。たとえば一流と呼ばれる冒険者になったなら、向けられる優しさはもっと多くなるはずだ。


 そう、イストファは幸せになりたかった。その為に、一流冒険者を目指す。

 これはその為の第一歩なのだ。


「とにかく、お金を貯めて宿に泊まる。それから、ギルドで情報を買う……よし」


 やるべき事を呟き確認すると、イストファは短剣を握る。

 よく分からないが、この場所では突然モンスターが見えるようになる。

 そして、今のところ出てくるのはゴブリンだけ。

 けれど他のモンスターが出てこないとは限らない。


 ……ここから判断できる「する事」は、敵が見えないからといって走らない事だ。

 今まで敵が見えないからと走っていたのは、あまりにも軽率だった。

 そして「するべき事」は、先制攻撃をできるようにする事だ。

 イストファは戦闘訓練を受けたわけではないしマトモな戦いの経験を蓄積しているわけでもない。

 となると、ゴブリン相手であろうと初手をとられたら殺される可能性は充分すぎる程にある。

 ならば「その為に出来る事」は……何か。

 匍匐前進? 違う。見つかりにくくはあるかもしれないが、瞬時に攻撃に移れない。

 見つからない為の行動なんてものは、心得すらない。

 残された事は、ただ1つ。「敵より早く動く事」。これしかない。


「やるぞ……!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る