究極的には間違っちゃいねえんだがよ
「直る?」
「おう」
「こ、この状態から直るんですか!?」
「そう言ってんだろ」
剣先の無くなった短剣を見つめ、イストファは絶句する。
この短剣がそんなに凄いものだとは、思ってもいなかった。
自分で直る剣なんて、あまりにも凄すぎる。
「そんなに凄いのに……7000イエンでいいんですか?」
「おう。そもそもな、お前。迷宮産の武具ったって、普通の鉄屑みてえなもんも死ぬほどあるんだぜ?」
「そ、そうです……ね?」
「そいつを鋳潰して叩いて出来た武器って程度の話だ。安く買い叩いたもんで造ってる分、原価でいえば下なくらいだわな」
その辺りは、イストファにはよく分からない。
分からないが……フリートのような専門家が言うならそうなのだろうか、とも思う。
「それでも、ありがとうございます。こんな良いもの……」
「んー、まだイマイチ分かってねえだろ。あー、そうだな。たとえばだ、イストファ。そいつを斬った鋭刃の鉄短剣。欲しかったろ?」
「うっ」
手に入ったら使おうと思ってました、とは言えずイストファは言葉に詰まる。
「カカカ、別に構わねえよ。つまりな、そういうもんだって言ってんだ」
「そういうもん、ですか」
「おう。迷宮武器なんて妙なものを育ててたら稼ぎも出ねえし、モンスターから出る武器に乗り換えた方が楽に強いのは明らかだ。事実、世に出てる名のある剣の多くはダンジョン産だしな。そういうものを手に入れる機会を逃してまで迷宮武器を育てる価値があるかっつーとな……?」
なるほど、とイストファは思う。
迷宮武器を育てるにはモンスターを倒して、その魔石を砕かなければならない。
それは道具や武器ではなく魔石を選び、尚且つそれを放棄するということに等しい。
つまり、そのモンスターから得られるかもしれなかった全ての稼ぎが無になるということなのだ。
裕福であればともかく、普通の人間がそんな事をしていたら、あっという間に金が尽きるかもしれない。
しかもそこまでして得られるリターンが普通に稼ぐよりも少ないかもしれない。
これは非常に問題だろう。
「あの……実戦レベルにまで引き上げた話が、あるってことでしたけど」
「お? まさか育てる気か?」
「えっと……それもいいかなって」
「やめとけやめとけ。何しろ、全員『その後の話』を聞かねえんだ。どういう意味かくれぇ分かるだろ?」
「死んだってことですか?」
「あるいは諦めたか、ね」
後ろからステラがそう言って、肩をすくめる。
「壊れても直る武器。その程度の認識にしておいた方が無難よ、イストファ」
「そ、うですか」
「そのエルフの言う通りだな。で、それより問題は当面の武器だな。流石に刺突のできねえ短剣1本ってのも不安だろう」
そう言うと、フリートは魔力の鉄短剣をじっと見つめる。
「……イストファ。この魔力の鉄短剣、売る気はあるか」
「えっ」
「さっきも言ったが、魔力がねえなら持ってるだけ無駄だ。下手に武器として期待しても死ぬ確率を増やすだけだし、そんなら此処で売って別のもんを買った方がいい」
言われて、イストファは考える。
フリートもステラも、魔力の鉄短剣は持っていても無駄だと言う。
……この2人は、信用できる人物だ。
だから、きっと本当に「そう」なのだろうと、イストファはそう判断する。
だとすると、確かに売った方が正解なのだろう。
「分かりました。此処で売ります」
「おう、毎度。値段は……そうだな、1万6000イエンってところか」
「えっ!?」
「不満か?」
「確か、お店で買うと3万イエンするって聞いたん、ですけど」
「まあ、そうだろうな」
そう言うと、フリートは「ふむ」と頷く。
「その辺はまあ、買取価格と販売価格の差なんだが……そうだな。要はコイツを買う事で俺の店にかかる負担、それを取り戻すまでの諸々……そういったものを換算するとそうなるってわけだ。嫌ならそれでもいいが……どうする?」
一応色は付けてるんだぜ、と言うフリートにイストファは「分かりました、それでお願いします」と答える。
「ん、いいのか?」
「はい」
あの盗賊男から「店で買えば3万イエン」などと聞いていなければ素直に「そんな高値で」と喜べたのかもしれないが……まさに祟られた結果とすら言えるのかもしれない。
しかしイストファはそうは思わず、「変な事を言っちゃった……」と自分を恥じていた。
1万6000イエンは凄い金額なのに、一瞬でも少ないと思ってしまった。
それが、とても恥ずかしかったのだ。
「そんじゃ、こいつで1万6000イエンだ」
言いながら、フリートはカウンターから魔力の短剣を取って棚に置くと、代わりに1万イエン金貨を1枚、そして1000イエン銀貨を6枚カウンターへと置いて。それを見て、イストファはゴクリと喉を鳴らす。
1万イエン金貨の黄金の輝きは、今日見たばかりだ。
自分を「本当の冒険者」へと変えてくれた1万イエン。
その輝きが今、再び自分の前にある。
「で、だ。こいつで何を買うかだな。もう1本短剣をサブ武器として持つのが妥当だが……俺としちゃ盾も勧めたいね」
「盾、ですか」
「おう、こいつは想像なんだがよ、イストファ。お前、鋭刃の鉄短剣を、自分の短剣でどうにかしようとしたんじゃねえのか?」
「え、あ、はい」
「だろうなあ」
イストファの答えに、フリートは大きく溜息をつく。
「まさかそうしろって、そこのエルフに教わったのか?」
「教えてないわよ」
「あ、はい。教わってないです……その、何か間違ってましたか?」
イストファの質問にフリートは軽く顎を撫でて「うーん」と唸る。
「究極的には間違っちゃいねえんだがよ。基本的には間違ってんな」
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