フルセットなら1万イエンだ

 究極的には間違ってはいない。

 基本的には間違っている。


 一見矛盾しているようにも思えるフリートの言葉に、イストファは思わず「え?」と聞き返してしまう。


「間違ってないのに、間違ってる……ん、ですか?」

「おう。つまりだな、技量の問題だな。剣ってのは基本的に攻撃の為の道具であって、防御の為の道具じゃねえんだよ」


 たとえば英雄譚の如く剣で鍔迫り合う戦いをしたっていい。

 あれはあれで合理性のあるものだし、ベテランにはそうする者も多い。

 盾など煩わしいと言う者だっているし、両手剣を持っていれば盾は確かに邪魔なだけだろう。

 しかしながら盾が万人にとって不要かといえば、決してそうではない。


「その最大の理由が、お前の短剣に現れてるわな。盾があれば、そいつはそんな事にはならなかった」

「うっ……」


 確かにその通りだ。

 たとえ一瞬の考えであろうとも、イストファは自分の短剣でゴブリンスカウトの鋭刃の鉄短剣を弾こうとした。

 もし寸前で身を引いていなかったら、ゴブリンスカウトの一撃はイストファから短剣という武器を完全に奪っていたかもしれなかったのだ。


「とはいえ、盾があれば完全に防げたと言いたいわけでもねえ。要は剣と盾のどっちが犠牲になれば『まだ戦えるか』って話であって、理想を言えば最高の防御は受け流しなんだ」

「受け流し……出来るんでしょうか」

「出来るさ。そうでなきゃ、自分より強い武器を持ってるダンジョンモンスターが出てきた時は、皆一律で死ぬしかねえ。そうだろ?」


 確かにそうだ、とイストファは思う。

 自分もゴブリンスカウトを倒せたし、もっと深く潜っている冒険者達はゴブリンよりも技量が高いだろうモンスター相手に勝利を収めているのだ。


「そこのドワーフの言う通りよ、イストファ。武器の強さは勝利の決定的要因足り得ないわ。たとえばの話だけど、そうね……」


 ステラはそう言うと、中空に指を彷徨わせる。


「イストファが、なんでも切り裂く伝説の剣を持っていたとしましょう」

「そんな剣ねえよ、馬鹿じゃねえのか」

「うっさいわね」


 ケッと悪態をつくフリートを睨むと、ステラはイストファへと視線を戻す。


「大体なんでも切り裂いたら鞘にも入らねえだろうが。もっと現実的なたとえにしろや」

「あー、もう! うっさいわよドワーフ! たとえだって言ってんでしょうが!」

「ハッ! 技量にあった武器じゃねえと意味がねえってだけの話にくだらんたとえを持ち込むんじゃねえよ!」

「なんですって、この!」

「あ、あのー……そのくらいで……」


 イストファが困ったように両者の間に入ると、フリートもステラも渋々といった様子で声量を落とす。


「ともかく、そういう事よイストファ。技量を高めれば、さっきの話にあった『受け流し』みたいな事も出来るようになるわ。でもそれまでは、防具に頼るというのは確かに1つの手よ」

「なる、ほど……でも、それなら全身鎧で固めるというのがいいんですか?」


 店の隅に置かれている鉄製らしき全身鎧を見てイストファが言うと、ステラは「うーん」と声をあげる。


「それはイストファ次第かしら。戦闘スタイルなんてものは人の数だけあるものだし」

「そもそも全身鎧は高ぇぞ。お前が今見てる全身鎧……ありゃあ鉄製だが、1セットで70万イエンする」

「え……、そんなにするものなんですか?」

「おう。何しろ鎧で全身護るって事は機動力を犠牲にするって事だ。かといって機動力を確保する為に薄い鎧にするんじゃ、今度は鎧の意味がねえ」


 結果として、全身鎧はどんな材料を使おうとも厚くなる傾向にある。

 そうなると当然それだけの筋力が必要となるし、それでもかなり動きが遅くなる。

 自然と武器も一撃必殺を求めるようになっていき、戦闘スタイル自体が非常に限定されるのだ。

 ただしその分、簡単な攻撃は通さない程度の防御力による安定感を得ることが出来る。


「だからまあ、全身鎧ってのはとにかく高ぇ。うちにもあるにはあるが、基本的には専門店で扱う代物だわな。知ってるか? 鋼鉄製の全身鎧は安くても200万イエンかららしいぜ」

「す、すごいですね……」

「おう。弓士や魔法士なんかはウッドメイルを使う事もあるが、ありゃ例外だしな」


 そう言うと、フリートは咳払いをする。


「ともかく、だ。盾があれば戦闘の幅は広がる。遠距離攻撃をある程度防ぐこともできるし、盾を犠牲にして相手の攻撃を測ることも出来る」


 言いながら、フリートは壁にかけてあった1つの盾を取りカウンターの上に置く。


「たとえばコイツだ。どう思う? ああ、手に取っていいぞ」


 言われてイストファは、その盾に触れる。

 大きさは、然程ではない。お盆程度の大きさの、小さな丸盾だ。

 総鉄製にも見えたが、裏をひっくり返すと木を貼り付けてあるのが見える。

 いや、これは木の盾に鉄を貼り付けたというのが正しいのだろう。

 打たれた鋲が、その推測が正しい事をイストファに教えてくれていた。


「これって……」

「バックラーってやつだな。動きを阻害せず、かつ初心者が持つ盾としては充分な性能を持ってる。機動力も落ちねえから、1つの答えではあるわな」


 言われて、イストファはじっとバックラーを見る。

 確かにこれがあれば、短剣は犠牲にならなかった。

 まあ、その分バックラーは犠牲になっていただろうが……その先の戦術への組み立ては早かった、かもしれない。


「どうする? このバックラーなら3000イエンだ」


 言われて、イストファは考える。

 考えて……やがて、首を横に振る。


「いえ、盾は……今は持ちません。使った事のないものを、そんなにうまく使える自信はありません」

「そうか?」

「はい。盾を使うにもたぶん技術が必要ですから。せめて武器に慣れないと、たぶん……どっちも半端になります」


 イストファがそう言うと、フリートは「ふむ」と息を吐く。


「なるほどな、そりゃそうだ。となると……軽鎧の方がいいな。どうする? 俺のお勧めは革製だぞ」

「革?」

 

 言われて、イストファは知り合いの冒険者達を思い返す。

 彼等は皆金属製の鎧を身に着けていた気がしたのだが……。


「おう。最終的には金属鎧がいいが、革は重くねえからな。硬革鎧なら多少の矢や剣程度なら防げるし、機動力を少しでも上げようってんなら良い選択肢だ」

「はあ……」

「それにお前、なんだかんだでまだガキだからな。鉄鎧なんか着込んでも、あんまり動けねえと思うぞ」


 その通りだろうとイストファは思う。

 イストファの今の戦闘は跳ねたり転がったりと、正直に言ってあまり華麗なものではない。

 鉄鎧でそれが阻害されてしまっては、まさに中途半端となるかもしれない。


「えっと、ちなみにお値段は……」

「鎧だけなら調整込で7000イエン。肩当てとアームガード、レッグガード、手入れ用品もつけたフルセットなら1万イエンだ」


 言いながらフリートは、カウンターの上にナイフを1本載せる。


「今なら、このナイフもおまけにつけてやろう。サブ武器としちゃ貧相だし余った鋼鉄で造った代物だが……それでも切れ味はそれなりにいいぞ」


 また1万イエン。剣先が切られたままになっているのは不安ではあるが……この鎧とナイフがあれば、自分は更に変われるだろう。

 そう考えた時。イストファはカウンターに置かれた硬貨の中から、金色の輝きを放つ1万イエン金貨をフリートの方へと押し出していた。

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