持ってきた金に応じていくらでも親切にならぁな
調整は意外にも簡単に終わり、少しの時間の後にイストファはフリートから習いながら革鎧を身に着けていた。
着てみると意外に香りはなく、着心地も悪くはない。
「うん、中々似合ってるじゃねえか」
「ありがとうございますフリートさん」
「礼を言われるこたあしてねえ」
鎧を着ると、より一層「本当の冒険者」らしくなったような気にイストファはなってくる。
勿論、過信は禁物だが……今ならゴブリンスカウトにだって危なげなく勝てる気がした。
「……そういえば、なんだけど」
「まだ何かあんのか、エルフ」
店の外を見ていたステラにフリートは面倒そうに応じるが、次の言葉に盛大に舌打ちする。
「貴方がさっき外に立ってたのって……もしかして、物陰にいる連中が原因?」
言われて、イストファは店の外に目を向ける。
そうすると……確かに、居た。
店の外、物陰や路地裏に、何人かの人影がある。
「……まあな。うちの商品を狙ってるみてえだが、そう簡単にはさせねえわな」
「それって……」
僕のせいですか、と言おうとしたイストファを、フリートは腕を突き出して制する。
「お前のせいじゃねえよ。連中が今までやらかさなかったのが不思議なくれえだ」
そう言って、フリートはフンと鼻を鳴らす。
「ま、心配するこたぁねえさ。この界隈は衛兵もしっかり巡回してるし、店の扉を閉じりゃ何の問題もねえ」
食い物屋なんかウチの比じゃねえぞ、とフリートは冗談交じりに言ってイストファの肩を叩く。
「お前はお前の事を心配しとけ。人様の事を気に出来る程立派になっちまったのか?」
「え、いえ。それは……」
そんなに立派な人物になどなれてはいない。
なれてはいないが……それでも、気になるのだ。
「その、フリートさんにはお世話になって、ますから……」
「ハハ! 世話なんかしてねえよ。大体、持ってきた金に応じていくらでも親切にならぁな!」
「……それでも、感謝してます」
フリート武具店との縁が無ければ、イストファは1万イエンを上手く使えたかどうか分からない。
だから、イストファは本当にフリートに感謝しているのだ。
「真面目だなあ。ちいとばかし心配になるぜ」
そう言うと、フリートはガリガリと頭を掻く。
「いいか、イストファ。恩を感じるのはいい事だ。だがな、あんまし囚われすぎんなよ。エルフみてえな一目見て分かる性悪連中に付け込まれるぞ」
「え、いえ。それは」
「ちょっと、イストファに妙な事吹き込まないでくれる?」
抗議の声をあげるステラにケッと再度悪態をつくと、フリートはイストファの肩を再度叩く。
「ま、もうちょい気楽に生きろってこったな! ほれ、人様の心配してる暇あんなら無事に宿に帰りな!」
「は、はい」
「そうね。じゃあ帰りましょか、イストファ」
「あと、そのエルフには早めに見切りつけとけよー。エルフなんざ関わってもロクな事ぁねえぞ」
「このクソドワーフ……」
最後の最後まで睨み合うと、ステラはイストファをグイグイと押すようにフリート武具店を出る。
「まったくもう。だからドワーフってのは嫌いなのよ」
「えっと……エルフとドワーフって仲、悪いんです……か?」
「悪いわよ。なんかこう、生理的に合わないのよね」
どうしてかしらね、と言うステラにイストファは「はあ」と返事を返す。
生理的とまで言われてしまっては、イストファに出来る事はあまりない。
そして、今はそれよりも……突き刺さる視線の方が気になってしまっていた。
「ステラさん……」
「気にしなくていいわよ。襲って来やしないわ」
そう言うと、ステラは路地裏を睨み……ただそれだけで、路地裏に居た者達は逃げていく。
「でも、1人で出歩く時は気を付けた方がいいわね。出来る限り明るい道を歩くのよ」
「はい」
「たぶん連中が狙ってるのは君だから。今なら奪える……とまあ、こんなとこかしら」
それを覆すには、強くなるしかない。
奪われたら、また戻ってしまう。
……それは、イストファにとって許容できることではないのだ。
「僕……もっと、強くなります」
「お、良い事ね。でも明日からよ、明日から。今日はさっさと寝なさい」
「はい、明日……頑張ります!」
そう言って拳を握るイストファの頭に、ステラはポンと手を載せて撫でる。
「うんうん、いい子ね。応援してるわ」
頭を撫でられる。
そんな事をされた記憶はイストファの中にはない。
貧乏農家の「どうでもいい子供」であったイストファには、タダで使える労働力以外の扱いをされた記憶はない。
だから、今撫でられているのがどういう意味を持つのかという事を理解するのに……少しの時間がかかってしまった。
「あ、あの。ステラさん……」
「なあに?」
「僕、そんなに子供じゃないです」
「そう? じゃあ、やめる?」
言われて、イストファは少しだけ悩んでしまって。
ステラのクスクスという笑い声に、カッと顔を赤くする。
「ステラさん……ひどいです」
「ふふ、ごめんごめん。許して?」
言いながら再び頭を撫でてこようとするステラの手を避けながら、イストファは少し早足で歩く。
暗闇に潜む不穏の事は、もう気にならない。
イストファの中にあるのはステラへのちょっと子供じみた不満と……明日を見据える、真っすぐな心だけだった。
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