もう『こんばんは』って時間だとは思うぜ
「あ、えっと……フリートさん、こんにちは」
「おう、だがもう『こんばんは』って時間だとは思うぜ」
冗談めかして肩をすくめるフリートに、イストファは「あ、こんばんは……」と言い直す。
「おう、こんばんは。で、どうした。そっちのエルフの姉ちゃんはなんだ?」
訝しげな顔で見られている事に気付いたステラは、笑顔でヒラリと手を振ってみせる。
「こんばんは。イストファの師匠になったステラよ」
「師匠ぉ? なんだ、何企んでやがる」
「あら酷い」
「ったりめえだろうが。お前、この町で見た事ねえから新顔だろ? それが新人冒険者の師匠だあ? まさか初心者狩りじゃねえだろうな」
「ふーん……狩られるような武器を渡した自覚があるの?」
「え?」
思わぬステラの言葉に、イストファは思わずフリートとステラを交互に眺める。
笑顔を浮かべるステラとは対照的にフリートはチッと舌打ちすると「入れ」と告げてくる。
「え、えっと……?」
「入りましょ、イストファ」
「は、い」
促されるままにイストファは店に入ろうとして。
この店の近くに来てから強くなった視線を感じて、ちらりと振り向こうとする。
「放っておいていいから。行くわよ」
それは、あのねばついた視線。それを振り切るように、イストファはフリート武具店の入り口を潜る。
そうしてフリートが店のカウンターの椅子に座ると、ステラは「イストファ、壊れた方の剣出して」と伝えてくる。
「あ? 壊れただあ?」
「うっ、ごめんなさい。えっと……」
「見せてみろ」
カウンターを叩くフリートに促されるままに、イストファは布に包まれた短剣を取り出してカウンターへと置く。
「……なるほどな、スッパリいってらあ。さては何か特殊な武器を相手にしたな?」
「たぶん、ですけど。鋭刃の鉄短剣ってやつなんじゃないかと……思います」
イストファがギルドでの話を思い返しながらそう答えると、フリートは頷きながら顎を軽く撫でる。
「ほー、そりゃまた運が悪かったな。で、その腰に提げてんのは魔力の鉄短剣か。魔法剣士でも目指すつもりか?」
「この子、魔力無いわよ?」
「そりゃ難儀だな。とすると、そいつは持ってるだけ無駄だな」
「え」
持ってるだけ無駄。そこまで言われるとは思わず、イストファは愕然とする。
「魔力の鉄短剣ってのはな、初心者の魔法士が持つ……あー、そうだな、『魔法の杖として使える短剣』って感じだ。それ以外の性能に関しちゃ、ハッキリ言って剣の形してるナマクラだな」
「そ、そうなんです……か? でもあの時ゴブリンが持ってた鋭刃……赤い宝石のついたやつは」
「そりゃ、鋭刃っつー能力のせいだな。アレは切れ味が上がるから、そのせいで一端の短剣ぶってやがるんだ」
これだからダンジョン産の武器はよぉ、と愚痴るフリートに、ステラはカウンターをトンと叩いてみせる。
「何言ってんのよ。貴方がこの子に渡した短剣だって、迷宮鉄で造った奴でしょ? こんなもん、1万イエンで買えるとも思えないけど」
「ハッ、コイツは性能からしてみりゃ間違いなく7000イエンだ。ただ単に、売る奴を選ぶだけだ」
「出たわよ、この客を選ぶ思考。これだからドワーフってのは」
「それをエルフに言われたかねえな、この選民主義者が」
「何よ、やるっての」
「お、やるか?」
「あのー……」
困ったようなイストファの言葉に、フリートとステラは同時に言い争いをやめる。
「ああ、すまねえな。この武器が気になるって話だったか?」
「え? ええ、まあ」
「確かにそこのエルフの言う通り、こいつぁ迷宮鉄……要はダンジョン産の武器を鋳潰して鍛えたやつだ」
「あの、そうすると……何か違うんですか? 強くなったり……」
「いや、迷宮鉄なんて大仰な名前がついちゃあいるが、鉄だからな。剣としての切れ味は、普通の鉄で造っても変わらん」
「でも、それだけじゃないでしょ」
「まあな」
イストファは、ステラの言葉に疑問符を浮かべる。
それだけじゃない。では何か他にあるのだろうか?
「イストファ。ダンジョンの仕組みについては知ってるか?」
「え? えーと……」
「ダンジョンのモンスターを倒すと、その魔力を吸収して僅かに強くなるって言われてるやつだ」
「あ、はい。それならステラさんから……」
「詳しい話は省くがな。ダンジョン産の品々は、ダンジョンの持つ魔力で出来てるとされてんだ」
「え……」
イストファは、自分の腰に提げている魔力の鉄短剣を見る。
どう見ても新品のキラキラした短剣だが……これが魔力とかいうもので出来ているのだろうか?
「ダンジョンのモンスターが倒すと消えるのも、外のモンスターと色々と違ってるのもそのせいだと言われてる。どうしてそんな事になってんのかは、誰も分かんねえんだがな」
「魔石もそうね。外のモンスターは、倒してもそんなものは手に入らないのよ」
「そ、うなんですか」
「おう。で、此処からが本題だ。ダンジョン産の武器の中にはとんでもねえ逸品もあるが、ナマクラも多い。それに我慢ならなかったどこぞのドワーフが鋳潰して違う武器を造ったんだがな」
そこで、フリートは咳払いすると声量を僅かに抑える。
「……その武器はモンスターを倒して魔石を砕くと、その魔力を僅かに吸収する性質を持ってやがったんだ。これがどういう意味か分かるか、イストファ」
魔力を僅かに吸収する。
それを聞いて、イストファは思う。
「まるで……人間、みたいですね?」
「その通りよ、イストファ。君がそこのドワーフに売りつけられたのは通称『迷宮武具』。色々と拗らせた連中が使う、僅かではあるけど成長の可能性を秘めた短剣よ」
「実際にゃ、ダンジョン産の強ぇ武器に乗り換えた方がいいんだがな。迷宮武具を実戦レベルにまで引き上げたなんて話は、数える程しかねえ」
「そんなものを、どうして僕に……」
イストファがそう聞くと、フリートは軽く肩をすくめてみせる。
「知ってるか? 武器ってのはな、メンテも大事なんだ」
「え、と。はい」
「けどお前。何かあったとして、そんな金もメンテの間の代わりの武器買う金もねえだろ?」
「うぐっ」
「だが迷宮武具なら、モンスター退治すりゃ多少の傷程度なら直る。そいつを来た時に教えてやるつもりだったんだが……」
言いながら、フリートは短剣のスッパリ斬られた剣先を撫でる。
「もう1回言うけどよ、相手が悪かったな。まあ、この程度ならゴブリン倒してりゃ直るだろうけどよ」
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