それじゃ、武器屋に行きましょうか

「さて、と」


 ステラはイストファから離れると、軽く体を伸ばす。


「それじゃあ、武器屋に行きましょうか!」

「あ、はい。でも本当に何をしに行くんですか?」

「色々よ」


 そう言うと、ステラはイストファを促し建物の外へと歩き出す。


「い、色々……ですか」

「そうよ、イストファのこれからの戦い方の事もあるしね」

「これから……」


 これから。

 これからはステラと一緒にダンジョンに潜る事になるのだろうか?

 そんな事を考えて見上げるイストファの鼻を、ステラはつつく。


「言っとくけど、私は一緒には潜らないわよ?」

「え?」

「あら。イストファは私と一緒に潜って楽するつもりだったのかしら?」

「え!? い、いや。そんなことは!」


 ちょっと足を速めるステラに追いつくようにイストファが走ると、ステラはクスクスと笑う。


「冗談よ。それに、そんな事してもイストファの為にならないもの」

「僕の為……ですか?」

「そうよ。さっきは助けたけど、アレも本来は自分で何とかすべきことだったのよ。何故かは、分かる?」


 イストファの歩幅に合わせてスピードを落としてくれるステラの横を歩きながら、イストファは考え言葉を紡ぐ。


「……頼っちゃうから、ですか?」

「その通りよ。いざという時に私が助けるのが普通になると、そこから思考が進歩しない。窮地を自力でどうにかしようという思考が、死んじゃうの」

「そ、うですね。誰かに頼れると思うと、それに寄り掛かってしまうかもしれません」


 路地裏に永住する事を決めた落ちぶれ者達が、まさにそれだ。

 彼等は、常に何者かが自分に手を伸ばす事を待っている。

 あるいは……奪える何かを狙う事を自力救済と呼ぶのであれば、「自力でどうにかしようという思考」があるのかもしれないが。


「とはいえ、死んじゃったらそれで終わりだったからさっきは助けたんだけど……もう、油断しないでしょ?」

「それは……勿論です」

「うん、いい子ね。もう『知った』と思うけど、ダンジョンでの死因は大きく分けて2つ。すなわち『油断』と『裏切り』よ」


 油断、は分かる。ゴブリンが死んだフリをしていたのもそうだし、あの盗賊男だってそうだ。

 しかし裏切りというのが分からず、イストファは横を歩くステラを見上げる。


「あの……裏切り、っていうのは?」

「味方のフリして騙す連中よ。さっきの馬鹿もそうね」

「え、と。あんな人……多いんですか?」

「多いわよぅ、うんざりするくらい居るとされてるわ」

「されて、る?」


 ステラの言う事が完全には理解できず、イストファは首を傾げる。


「区別がつかないのよ。モンスターにやられたのか、味方のフリしたクソ野郎にやられたのかね」


 そう、ダンジョンは元々命がけの場所だ。

 全滅すればモンスターに死体を食い荒らされ、僅かな痕跡しか残らない事も多い。

 そしてそれは「本当にモンスターに殺されたのか」も分からないということでもある。


「え、でも。そういうのって、バレないんですか?」

「バレる時もあるわね。でも死んだ冒険者の装備を持って帰ってきたのか、殺した冒険者の装備を持って帰ってきたのか……どう判定するの? って話よね」

「それは……」


 確かに分からない。本人が言い張れば、それはもうどうしようもないだろう。


「さっきのクソ野郎見ても分かるでしょ? 売っても10万イエンにも満たない装備を、強力な麻痺毒を使って奪いにくる。それはね、それで採算が取れてるからなのよ」

「そう、なんですか?」

「そうよ。あの手の毒は安いから」

「えっ、安……?」

「安いわよ。だってあんな毒、モンスター相手なら雑魚にしか効かないもの。しかもダンジョンのモンスターを狙えばある程度の確率で出てくるゴミ。錬金術師共がモンスターに効く毒を調合する為に買い取る事もあるけど、そうね……イストファに使った程度なら、200イエンもしないかしら」


 それを聞いて、イストファは絶句する。

 そんなものが、そんな安く売っている。それはあまりにもおかしな話ではないだろうか?


「そんなのおかしいって顔ね?」

「え、それは……まあ」

「でもね、事実ゴミなのよ。だって、冒険者相手であってもある程度のベテランなら効かないのよ?」

「そ、う……なんですか?」

「そうよ。体内に吸収されたダンジョンモンスターの魔力が毒への抗体になるんだっていう学者連中もいるけど、実際はどうかしらね」


 でもそのせいで商人や王侯貴族連中もダンジョンに護衛引き連れて潜るらしいわよ、とステラは笑う。


「衛兵連中もダンジョンに潜って多少鍛えてるでしょうから、効かないだろうし。そうなるとますます価値は……ねえ?」

「そ、うですね」

「つまり、そんな毒なんてものが効くのはダンジョンに潜らない一般庶民が限度ってことね。高値がつくはずもないでしょう?」


 一般庶民の命は安い。つまりはそういうことなのだろうとイストファは思う。


「……なんだか、それは」

「悲しい? 酷い? でも、それが世の摂理よイストファ。正義は万人に執行されるものではなく、故に誰もが自分の価値を高めようと努力しなければならない……君はそれをよく知ってると思ったけど?」


 知っている。

 イストファは確かに、それをよく知っている。

 世界は優しくはない。

 それが、世界の真実だ。


「……ステラさん」

「なに?」

「もし、僕が」


 そう、もし。もしイストファが、あの金貨を。


「あの金貨を冒険者としての支度に使っていなかったら……どうしてましたか?」

「そこまでのご縁だったわね。言ったでしょ? 私、努力出来る真っすぐな子が好きなの」


 何の冗談も含んでいない、澄んだ視線がイストファを貫いて。

 思わず、ゾクリとした感覚をイストファは味わった。


 本気でステラは「そう」言っている。

 そしてこれは、ステラから示されたボーダーラインでもある。

 もしイストファがステラに頼りきりになって努力を諦めた時……ステラは容赦なく、イストファの元から去るだろう。

 

「大丈夫よ、イストファ。君が君で居る限り、私は正しく君の味方でいるから」

「……何おかしな会話してんだてめえ等」


 そんなフリートの言葉に、イストファはハッとしたような顔になる。

 フリート武具店。いつの間にかその前についていたらしく、店の前に仁王立ちしていたフリートに、イストファとステラは妙なものを見る目で見られていた。

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