『明日の為に今日の幸せを捨てていい』なんて理屈は無い

「ところでお二人はパーティとなられたわけですが……依頼はお受けになりますか?」

「え?」

「別に今はいいわ。塩漬けの依頼をガツガツ片づける程暇ってわけでもないもの」

「かしこまりました」


 ステラと職員の男の会話についていけずイストファは答えを求めて2人の顔を交互に見るが……その視線がステラに向けられた時、ステラがニコリと笑う。


「ん、んー。そういえば説明してないわよね。えーとね、冒険者ギルドでは『こいつ等なら』と思う個人やパーティに依頼を斡旋する事があるわ」

「依頼、ですか」

「そうよ。イストファだって、薬草の買取の時、クッソ高い仲介料取られてたでしょ?」


 確かに、取られていた。買取金額から仲介料を引かれるのはどうしてだろうとは思っていたのだが……。


「要はね、此処で買い取りしてるもののうち、日持ちしないものはすでに依頼を受けてる『買い手のついてるもの』と考えていいわ。特に薬草みたいなものは需要は多いくせに供給は少ないから。イストファは、知らないうちに随分役に立ってたはずよ?」

「ご推察の通りです。薬草採りは単価が安いので、やりたがる人は少ないですから」

「そ、そうなんですか」


 イストファがそう相槌を打つと、職員の男は「ええ」と答える。


「特にイストファ君の採ってくる薬草は丁寧な仕事で評価が高かったですよ。それが手に入らなくなるのは、少し残念ではありますが……」

「だったら単価上げりゃいいでしょうに。買い叩くから誰もやらなくなるのよ」

「高い薬草を買うくらいなら自分で育てるという薬師も増えまして。中々値上げできないんですよ」

「世知辛いわね」

「ええ。ですがその分需要の高まってる薬草もありまして。5000イエンでその情報をお売りできるんですが」

「要らないわ」


 聞きながらイストファは「ちょっと欲しいな」と思いながら黙っていた。

 どのみち、欲しくても買えやしないのだ。

「さて、ここでイストファに問題よ」

「へ!?」


 突然ステラにそんな事を言われ、イストファは驚いた顔をする。


「冒険者ギルドで塩漬けになってる依頼とは、どんな依頼でしょう?」

「え? え? えーと……塩漬けってことは長期保存だから……随分前から受けてる依頼ってことですよね?」

「うん、そうよ。それで?」


 それが答えではないらしい。まあ、当然だ。

 イストファは悩み、必死で考える。

 分かりません、と言うのは簡単だ。しかし、何の努力もせずにそんな事を言ってステラに呆れられるのが嫌だったのだ。


「えーと……」


 イストファの視線は、ギルドの壁に貼ってある紙の群れに向けられる。

 あそこには様々な依頼書が貼りつけてあるはずだが……アレとは違うのだろうか?

 それとも、アレの中の一部なのだろうか?


「その依頼って……あの中にあったりします?」

「あるかもしれないし、ないかもしれないわね」

「え? うーん……」


 分からない。けれど「分からない」で終わらず、何が分からないのかを必死でイストファは考える。

 貼っているかもしれない、つまり多くの人の目に触れているかもしれないのに、長期存在している依頼。

 塩漬け、というからには長期にわたって解決しておらず、それでも解決を望んでいるということになる。

 だとすると……。


「何か達成の為の条件が難しい、ってことですよね。あるいは、凄く時間がかかる割には儲からないとか」

「うん、正解。大体そんな感じよ。たとえばイストファはゴブリンスカウトから魔力の短剣を手に入れたわけだけど。それは毎回手に入るってわけでもないわ」

「あ、はい」

「さっきソイツが言ってたみたいな鋭刃の短剣が手に入る事もあるし、別の短剣が手に入る事もある。ロクでもないゴミの場合もあるわ」

「う……そうなんですか」


 とすると、魔力の短剣を手に入れた自分は運が良かったのだろうか?

 そんな事をイストファが考えている間にも、ステラの解説は進んでいく。


「そんな中から、特に入手報告が少ないレアな物を欲しがってる依頼人が居たとして。それを入手できる敵が凄まじく面倒な割に儲からない相手だったりしたら……誰もそんな依頼受けたがらないわよね?」

「はい」

「まあ、今のはザックリした例だけど、そういう感じよ……ということで。『ギルドが笑顔で斡旋してくる依頼には気を付けましょう』! 分かったかしら?」

「は、はい!」

「あまり変な事をイストファ君に吹き込まないでほしいんですが……」


 苦笑するギルド職員の男に軽く舌を出して「あっかんべー」をすると、ステラはイストファを引っ張ってカウンターから離れていく。


「さ、てと。それじゃあ今日は武器屋に寄ったら、あとはもう宿に帰りましょうか」

「え。もうですか?」

「そうよ? 今日は色々あったから、おしまい。大体君、聞いた限りじゃしっかり休めてもいないでしょ? 今日は身体を休めて、明日から頑張りなさい」


 明日から頑張る。なんだかそれは罪深い言葉のような気がして、イストファは少し嫌そうな顔になって。そんなイストファの頬を、ステラが抓む。


「この真面目っ子めー。今何考えてたか当ててあげましょうか。『今日頑張らなきゃ明日なんてない』。違う?」

「うぐ……違ってないです」

「その考えは正しいけど間違ってるわよ」


 言いながら、ステラはイストファを軽く抱き寄せる。


「あのね、イストファ。今の君に言っても、まだ綺麗事に聞こえるのかもしれないけど。『明日の為に今日の幸せを捨てていい』なんて理屈は無いわ」

「え、でも。今日を頑張らない人は、明日も頑張れません……よね?」

「それが頑張らない理由になってる奴はね。でも、逆に考えてみるとどうかしら」

「逆、ですか?」

「そうよ、イストファ。『明日』は次の日には『今日』になるのに。『今日』を頑張り続ける人が辿り着くゴールは、何処に在るの?」

「え、いや、でもそれは。今日を頑張る事で、明日の自分が少しだけ幸せに」

「程度を知れって話よイストファ。君は今、それが『無理をする理由』になってる。君の中には今、その『幸せになって頑張らなくても良くなる明日』はない。違う?」


 違ってはいない。確かにその通りだとイストファは思う。

 けれど、そんな事を言われても……目指す未来への道は遠くて。

「頑張らなくても良い日」なんてものは、イストファの人生には無かったのだ。


「それは危険な思考よイストファ。その思考のまま突き進めば、いつか転んだ時に立ち上がれなくなる。ゆっくりでいいから、修正していきましょ?」

「でも」

「師匠命令よ」


 そう言われると、イストファとしては何も言い返せない。

 何しろ、目指す道の上に居る人の言葉なのだ。


「……分かりました、ステラさん」

「よし! 何度も言ってるけど、素直な子は好きよ!」


 ぎゅっと抱きしめられて、ステラの着けている鎧の冷たい感触が伝わってくる。

 とても綺麗で、侵し難い輝きを秘めた鎧。

 それはまるでステラさんのようだと。イストファは、なんとなくそんな事を思っていた。

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