こういう連中なのよ

 時刻はもう夕方で、丁度依頼やらダンジョンやらから帰ってきた冒険者で混み始める直前といった頃合いだった。

 だが少なくとも今は冒険者ギルドは閑散としており、暇そうにしている職員があちこちに見受けられた。

 しかし彼等はステラを見ると一斉に姿勢を正し、その隣にいるイストファを不思議そうに見る。

 まあ、当然だ。ステラは冒険者の中では高位ランクの金級冒険者であり、それだけ稼いでくれる……敬意を払うべき存在だ。

 対するイストファは、真面目である事くらいが取り柄の見習い冒険者。

 一体どうして一緒にいるのだろうと思われるのは、不思議な事ではない。

「気にする事ないわよ」


 そんな職員達の視線の意味に気付いたのだろう、ステラはそう言うとイストファを伴い「各種事務手続き」と書かれたカウンターへと向かう。

 そこに座っていた男性職員の前はカウンターに手をついたステラに「よ、ようこそステラさん。どうされました?」と緊張気味に声をかける。

 それはステラが金級冒険者だからというのもあるだろうが……それ以上に美人であるからのようにもイストファには思えた。


「パーティ手続きしたいの。私と、こっちのイストファ。2人よ」

「え。し、しかしイストファ君はまだ見習いです。正式にパーティを組む条件は青銅級からでして」

「イストファ、魔石。見せてあげて」

「え? あ、はい」


 イストファが袋から2つのゴブリンの魔石を取り出すと、職員は疑わしげに魔石とイストファを見比べる。


「この大きさは……ゴブリンのもの、のようだね。君が倒したのかい? 2体?」

「あ、いえ。3体……それと良く切れる短剣を持ったゴブリンと、合わせて4体倒したんですけど、1体は魔石を取り忘れて消えちゃって、もう1体の死骸が消えた場所には、これがありました」


 言いながら、イストファはあの盗賊男が魔力の短剣と呼んでいたものを鞘ごと置く。

 確かゴブリンスカウトとか言っていたが、それを言うとあの男の事も話さなければいけない気がして、あえて誤魔化した。

 しかし、そんなイストファの僅かな誤魔化しに職員の男が気付いた様子はなかった。

 カウンターに置かれた短剣を凝視し「魔力の短剣……」と呟く。


「ドロップしたのか。ということは、ゴブリンスカウト……。え、君が1人で倒したのかい」

「はい」


 ステラの介入を疑われているのだろうとイストファも気付いたが、そんな事はない。

 あのゴブリンスカウトは、確かにイストファが1人で倒したのだ。

 自信と共に真っすぐに見返してくるイストファを見て、職員の男は頷いてみせる。


「そうか、うん……いえ、はい。それではイストファ君。腕輪を出していただけますか?」

「え?」


 イストファが困惑気味にステラへと振り返ると、ステラは「大丈夫よ」と頷いてみせる。


「外して、渡してあげて」

「は、はい」


 そうステラに言われ、イストファは木の腕輪を取り出しカウンターに乗せる。

 職員はそれを手に取ると何処かに収納し、真新しい青い腕輪を取り出してカウンターに載せる。


「それではイストファ君。私達冒険者ギルド、エルトリア支部は君を正式な冒険者として認定し、青銅級冒険者の証である腕輪を貸出します。皆さん、新たな仲間の誕生に盛大なる拍手を!」


 大声を張り上げる職員の男の声に応えるように、ギルドの職員が一斉に立ち上がり拍手をする。

 ギルドの中に居た他の冒険者達も「よっ、おめでとー!」とか「ようやくか、長かったな!」などと祝福の声をあげながら拍手をしていて、イストファは思わず挙動不審になってしまう。

 こんなに盛大に祝われるのは、たぶん人生で初めての事だ。

 だからなのか、理解が追い付かないのだ。

 キョロキョロと辺りを見回したイストファの視線は、やはりステラへと向けられて。


「こういうものなのよ。中々楽しいでしょ?」

「え、えっと……はい!」


 拍手が鳴りやんだタイミングでイストファは「ありがとうございます、頑張ります!」と頭を下げる。


「おう、頑張れよ!」

「死なねえ程度にな!」


 そんな声が冒険者達から返ってきて、イストファはあちこちにぺこぺこと頭を下げて。

 やがて、ステラにぐるりとカウンターへと向けて回転させられる。

「はいはい、キリないから。それじゃパーティ登録お願いできる?」

「かしこまりました。それでは、パーティ名はどうされますか?」

「グラディオ」

「はい、ではその名前で登録致します」


 それを聞きながら、イストファは青銅の腕輪を嵌める。

 少し大きめではあるが、余程の事がなければ落とす事もない。


「えっと……グラディオって、どういう意味なんですか?」

「エルフの古い言葉で『大いなる大地』って意味ね。君の髪の色、大地の色でしょ? ピッタリじゃない」

「ぼ、僕?」

「そうよ? いつかは私をリードできるくらいの男に育ててあげるつもりなんだから」


 そう言うと、ステラはイストファの唇に自分の指を重ねる。


「あ、あはは……」

「あ、えーと……グラディオのお二方。登録が完了しました。当支部において、今後グラディオがパーティとして受けた依頼などの実績は随時記録されてまいります」

「うん、よろしく」

「それとイストファ君。君も青銅級冒険者になりましたので、簡単ではありますが今後に関する説明があります」


 そう職員の男に言われ、イストファは「はい」と答え職員の男に向き直る。


「まず、今後君は青銅級冒険者として正式な冒険者ギルドのギルド員として扱われます。その腕輪がその証ですが、同時に権利と義務が付随することになります」


 まず、冒険者の義務とは犯罪を犯さない事。

 ギルド組織としては最大級の戦力を保有しているのが冒険者ギルドではあるが、それは世間における権力構造と関係はないと定義されている。

 冒険者である事は何らかの権力を持つ事ではなく、また冒険者ギルドも冒険者を自らが権力を行使する為などの目的などで利用してはならないし、冒険者も利用されてはならない。

 それを理解し行動する事が、冒険者の義務である。

 この辺りは冒険者ギルドが各国にとって危険な組織と見做されない為のものであり、全冒険者が理解しておくべきものだ。

 そして、冒険者の権利とは「冒険者ギルドからの支援」である。

 冒険者ギルドは依頼を仲介し仲介料をとっている組織として、冒険者に各種の支援を用意している。

 それはたとえば仲間の斡旋であったり、情報の売買であったりする。

 あるいは依頼に関して何らかのトラブルがあった際に、冒険者ギルドによる仲裁を受ける事も出来る。


「次にその腕輪にも関連する事ですが、冒険者はその功績によって表彰を受ける事があります」


 それが等級制度であり、冒険者の信頼度の証明でもある。

 まず最初に、イストファが今なったばかりの青銅級。

 此処から順番に銅級、黒鉄級、赤鋼級、銀級、金級、聖銀級……といった順に繰り上がっていく。

 これは単に実力だけではなく依頼達成度なども考慮される為、単純に無茶をすればいいというわけではないと職員の男は説明する。


「それと、取引の仲介などもお受けできるようになります。たとえばイストファ君の持っているその魔力の短剣ですが、魔法士の方から『鋭刃の短剣』とのトレード希望が出ています」

「え、っと……?」

「切れ味の上がる短剣よ。ぶっちゃけ、その魔力の短剣はイストファには合わないわよ?」

「え、でも」

「魔力の短剣はね、魔法の威力が少しだけ上がるの。でも……分かるでしょ?」


 なるほど、確かにイストファには魔力が無いから魔法が使えない……らしい。

 となると、トレードというのは良い手段に思える。


「あの、それって、もしかして……赤い宝石のついたやつですか?」

「よくご存じで。ああ、ひょっとして」

「はい、ゴブリンスカウトが持っていました」

「なるほど……ふむ。それは中々に難儀なパターンでしたね。それで、どうします?」


 あの欲しかった短剣が手に入るかもしれない。

 そう考えると、悩むまでもない。


「是非お願いします! あ、でも。これが無いと僕、武器が……」

「問題ありませんよ。鋭刃の短剣は此方で預かっていますので、取引の際はすぐにお渡しできます」

「そ、それなら……」


 イストファが魔力の短剣をカウンターに再び置こうとすると、近くにいた職員が何事かをその職員の男に囁き……職員の男は「あっ」と声をあげる。


「……大変申し訳ありません。その取引は私が先程席を外している間に終了したようです」

「えっ。ええー……?」

「ご期待に沿えず、本当に申し訳ありません」

「ひっどいわねえ」

「申し訳ありません。以後同様の事が無いように気を付けさせて頂きます」


 頭を下げる職員の男にイストファは「あ、いえ。いいんです……」と答えるが、残念そうな表情は隠しようもない。


「で、そっちのミスの謝罪といってはなんだけど。イストファの稼いだゴブリンの魔石2個。少し色付けて買ってくれるんでしょ?」


 言いながらステラが机の上に載ったままのゴブリンの魔石を示してトントンと机を叩くと、職員の男は再度頭を下げる。


「申し訳ありません。自分にはその権限はありません。通常買取価格での買取となります」

「こういう連中なのよ。最低でしょ?」

「あ、あはは……」


 結局のところ、買取価格は2つで2000イエン。

 命がけの対価としては低いが……それでも、今までで一番の稼ぎだったのだ。

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