どうして今まで思いつかなかったのかしら

 どうしてこうなった。

 そんな事を考えられるようになったのは、ステラの泊まっている宿屋の部屋に連れて来られてからだった。

 高い部屋なのかベッドは大きく、置かれた椅子と机は高そうだ。

 そんな椅子に座りソワソワとしていたイストファは、部屋の扉の開く音にビクリとする。


「よ……っと」


 ドアを開けたのはステラで、その手には暖かそうな湯気をたてる2つのカップがあった。


「はい、ホットミルク。火傷しないように飲んでね?」

「あ、ありがとうございます……」


 今までの人生で飲んだ事もないものを覗き込み、イストファは顔をあげて向かい側の椅子に座ったステラを見る。


「あ、あの。ステラさん……」

「なあに?」

「その。助けてくれてありがとうございます」

「さっきも聞いたわよ」

「う、ごめんなさい」

「あ、別に責めてないわ。助けたのもお節介みたいなものだし」


 あはは、と笑いながらステラは手をパタパタと振る。


「えっと……でも、その。僕、今お金ないから。出せるものもあんまりなくて」

「知ってる。薬草摘みしてた子からお金取るほど銭ゲバじゃないつもりだけど」

「う……ごめむぐっ」

「はい、ごめんなさいはナシでーす」


 立ち上がったステラに口を塞がれて、イストファはムゴムゴと唸る。


「えーとね。そもそも君を探してたのにもちゃんと理由があるのよ」

「理由、ですか?」

「そ、理由。あのね、イストファ。なんとなく想像はつくけど君、家族は?」


 言われて、イストファは自分を追い出した故郷の家族を思い出す。

 もう顔もあまり思い出せない。


「えっと……生きてるとは思います、けど。僕は口減らしで追い出されましたから」

「ふーん、うん。まあ、いいか。今後の夢とかはどう?」

「え? 夢? え、えっと……一流の冒険者になりたいとは、思ってますけど……」

「ふむふむ。うん、いいんじゃない? 素敵な夢だと思うわよ」


 何が言いたいのだろうと、イストファは疑問符を浮かべながらステラを見る。

 考え込むような様子のステラがホットミルクを一口飲んだのを見て、真似するようにイストファもホットミルクのカップに口をつける。

 やがてコトリと音をたててステラがカップをテーブルに置いたのを見て、イストファも慌ててカップをテーブルに置く。


「あのね、イストファ」

「え。は、はい!」

「私のお婿さんになる気はない? 勿論今すぐってわけじゃなくて、将来的に。長命になる事も視野に入れての話なんだけどね」

「……え」


 ステラが何を言ってるのか理解できず、イストファの思考が停止しかける。

 オムコサン。オムコサンとは、冒険の仲間か何かの隠語だっただろうか?

 もしかして金級冒険者の間では冒険のパートナーの事を夫婦関係に例えているのだろうか?


「え、えっと。それって……その」

「夫婦関係のことだけど」

「その夫婦関係って、冒険のパートナー的な」

「人生のパートナー的な」

「……なんで、ですか?」

「そういう反応になるわよねー」


 クスクスと笑いながら、ステラはカップの縁を指でなぞる。


「んー、なんて言ったらいいのかしら。そもそもエルフってのはね、難しい種族なのよ」

「はあ」

「魔法って、どんな力か知ってる?」

「凄い力だって事くらいしか」

「そりゃ凄いわよ。魔法、つまり魔なる法なんだもの。人ならざる魔の力、すなわち魔力を使い世界に新たな法則を築く力。それが魔法なの」

「え、えっと……はい」

「分かんなかったら分かんないって言っていいわよ」

「分かんないです」

「素直でよろしい」


 頷くと、ステラは手の平を上に向け「リトルファイア」と唱える。

 すると、その中に小さな火が生まれる。

 宙に浮くその不思議な火を見つめるイストファに、ステラは「不思議でしょ?」と聞いてくる。


「あ、はい。凄く不思議です」

「そう、不思議なのよ。何処の誰も、コレがどういう理屈でこうなってるか分かんないの」

「えっ」

「魔力を変換して火が生まれる。それはいい。でも、どういう理屈で火になるのかはサッパリ分からない。火種もない癖に、この火は此処にある。全ての理屈を無視して、この火はそれでも此処にある。魔法ってのは、つまり『そういうもの』なの」


 そう言われると、その不可思議さが実感となってイストファにも理解できてくる。

 つまり、説明できないけど使えるもの。そういうことなのだろう。


「で、この魔法を使う為の魔力ってのは特殊でね? エルフはこの力を生まれつき多く持つ種族であるが故に、1つの欠陥を抱えているの」

「欠陥……って」

「同族同士では子供が生まれないの。それがどういう理屈かは分からないわ。魔力が高いが故に、子供が物質化しないのだって言う奴もいる。タコ殴りにされたけど」


 なんか怖い台詞が聞こえた気がしたが、気にしない事にしてイストファは頷く。

 

「ともかく、私達エルフは外から魔力の低いパートナーを見つけてこないと、遠からず絶滅する事になるってこと」

「魔力が、低いって……」

「一目見て分かったわ。イストファ、貴方……物凄い魔力が低いの。たぶんゼロに近いっていうか……ゼロね」

「えっ」


 それはつまり、魔法が使えないということなのではないだろうか?

 一流の冒険者という目標にも、つまりは。


「え、でも。多少の魔法くらいは」

「無理じゃないかしらねー。リトルファイアも発動するか怪しいわよ」


 突如目の前が真っ暗になった気がしたイストファだったが……次のステラの言葉で、なんとか意識を取り戻す。


「でも、心配は要らないわよ。モンスターを倒せば、その魔力を僅かに吸収して本人の持つ能力が強化されるの」

「そ、それなら魔力も!」

「ゼロはどう強化してもゼロよ? 土台がないんだもの。そうじゃなくて、魔力が伸びない分身体能力とかが強化されると思うわ。ゴブリン倒したでしょ? ちょっとは自覚ないかしら」


 言われてみると、ゴブリンを倒した後でも身体の調子が良かったし疲れにくかった。

 アレがそういうことなのだろうか、とイストファは思う。


「言われてみると、そんな気も……」

「まあ、ゴブリン相手じゃ本当に『そんな気がする』程度の誤差でしょうけど。でも、魔法が使えなくても一流……どころか超一流の冒険者になれる可能性はあるわ」


 むしろ1つの道に特化する分、並の冒険者より早く強くなるかもしれないわね……などというステラの言葉に、イストファは思わずゴクリと唾を呑み込む。

 それが本当なら。こんなに嬉しい事はない。

 魔法が使えないのは少し、かなり、物凄く残念だけれども。


「だから、貴方にその気があるのなら……冒険者として生きてく方法について教えてあげられるわ? 勿論、手取り足取りで甘やかす気はないけれど」

「生きてく、方法……」

「しかも今ならお嫁さんもついてくるわ! どう? お得でしょ!?」

「え、それは、えっと。そもそも、なんで僕なんです? 魔力がないだけなら他にも」

「居るかもしれないけど、流石にゼロってのは特殊だと思うわよ? それに魔力低くて魔法使えないまま育った奴って、大抵捻くれてるから。私性格悪い奴とか犯罪者とかを「旦那様♪」だなんて呼びたくないわ」

「え、えーと」

「それに比べたらイストファ、君は凄くイイわ。厳しい環境でも捻くれず真面目で、向上心もある。合格よ!」


 ビシッと指を立ててくるステラになんと答えればいいか分からず、イストファは「えーと……」と繰り返す。


「もしかして、ダンジョンで僕を助けてくれたのは」

「そっちはまた別の理由もあるんだけど、ヒミツ。でもあそこでイストファが死んじゃっていいとは思わなかったから助けたのは本当よ?」

「別の、理由……」

「教えないわよ? で、どうする? 私のお婿さん目指して、頑張ってみる?」


 グイグイとくるステラに、イストファは「えーと……」と答えに窮する。

 素直に「いきなりそんな事考えられません」と言ってもよかったのだが、なんとなく雰囲気で言えなかったのだ。

 だから、イストファは別方向からなんとか返事を捻りだす。


「僕、まだ13なんですけど」

「ヒューマンの法律だと成人は16からだっけ? 3年くらい待つわよ? 身体がしっかり完成する20まで待ってもいいし。私はエルフだから、肉体も老いないし。互いに利益ある話でしょ?」

「ん……と」

「ただの冒険者で終わるつもりがないなら、私という指導役を得るのは大きなチャンスよ? それに最初は師匠と弟子の関係から始めてゆっくりと気持ちを育んでいくっていうのもアリだと……うん、アリね。アリだわ。どうして今まで思いつかなかったのかしら」


 何やら怪しい事を言い始めたステラに多少ヒきながらも、イストファは今の提案について考える。

 夫婦関係はともかく、金級冒険者のステラという師匠が出来るのは非常に良い。

 あの盗賊男のような奴が他に居ないとも限らず、今のイストファでは狩られてしまうだけなのは間違いない。

 そうした連中から身を守れる手段を、ステラからは学べるはずだ。


「あの……」

「ん?」

「夫婦がどうのってはまだ僕には分かんないです、けど。師匠には、なってほしいです」

「まずは師匠からってわけね」

「まずはっていうか」

「いいわよ。老いる他の種族よりエルフの方がいいって、すぐに分かるもの」

「えーと……」


 今度こそなんと答えればいいか分からず言葉を濁すイストファに、ステラはニコリと笑う。


「それじゃ、今から私と君は師弟関係ね、イストファ。でも気軽にステラって呼んでくれていいわよ」

「え、流石に呼び捨ては……」

「じゃあステラさん、でいいわよ。もし師匠、とか他人行儀な呼び方したら」

「し、したら?」

「その年で私のお婿さんになる事になるわ」

「絶対言いません」


 そこまで嫌がる事ないじゃない、とステラは頬を膨らませてしまい、イストファは思わずクスリと笑ってしまう。


「あら、何よ。どこか面白かった?」

「え、いえ。その……こういう会話を楽しめる余裕ができるなんて思わなかった……な……って、あー! 稼がないと! 宿代が!」


 慌てて椅子から転がり落ちるように立ち上がり部屋から出て行こうとするイストファを、素早く移動したステラが押さえる。


「弟子の宿代くらい師匠が面倒見るわよ。落ち着きなさい」

「え、でも」

「弟子の師匠に対する返事は『はい』よ、イストファ」

「……はい」

「よし!」


 笑うステラに、イストファは少しドキリとして。


「じゃあイストファ、私のお婿さんになりなさい」

「はい、その返事はまた改めてってことでお願いします」

「むう、意外にやるわね」

 そう言うと、ステラはイストファをパッと離す。


「ま、いいわ。その辺はじっくりやっていくから」

「その、お手柔らかに願います……」


 美人のステラに言われて嬉しくないわけではないのだが、正直夫婦とか言われてもまだよく分からない。

 姉弟とか言われた方が、まだ理解できるし……そう考えてみると、ステラの言動は「弟想いの美人なお姉ちゃん」にも見えてくる。


「さてと、それじゃイストファ」

「え。あ、はい」

「まずは冒険者ギルドに行って、パーティ登録しましょ? そのついでに魔石か何かあるなら売ってきましょ」


 そういえば、ゴブリンの魔石が2つある。

 その事を改めて思い出したイストファは、ステラに大きく頷く。


「あとは……コレかしらね?」


 言いながらステラが机の上に置いたのは、あの先端の切られた短剣。


「……そう、ですね。壊しちゃったって言いに行かないと……」

「違う違う、そういう話じゃないわよ」

「え? それなら、その短剣が何か……」


 イストファがそう聞くと、ステラは「んー」と軽く悩むように頷く。


「ちょーっとね。これをイストファに売った武器屋ってのに興味があって」

「え?」

「別に不良品とかそういう話じゃないのよ。むしろ良い物だし。でも、ちょっとね……」


 言いながら布に短剣を包み渡してくるステラから、イストファは「はあ」と頷いて受け取るのだった。

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