明日が……早く来るといいなって

 とはいえ、すぐに寝られるものでもない。

 部屋に戻って、お風呂に入って、ご飯を食べて。

 イストファから今日の冒険の話を聞かされたステラは頷いていたが、全てをイストファが話し終わった後に「なるほどね」と再度頷く。


「基本的には、貴方達の行動は間違ってないわ」

「基本的には、ですか?」

「そうよ。入り口を見失ったのはマイナスだもの。それは分かるでしょう」


 言われてイストファは「う、はい」と答える。

 

「撤退する為のルートの確保は基本。それを忘れちゃダメよ」

「……はい」

「よろしい。でもね、その後の行動は間違ってないと私は思う」


 細かい事を言えば、色々ある。

 カイルに関してもそうだ。

 結果的には問題なかったが、もう少し警戒しても良かったのではないか……とか。

 そもそも彼、戦力的にどうなの……とか。

 カイルを連れて行くとイストファが決めなければ避けられた危険も聞いた限りでは多いだろう。

 しかし同時に、カイルを連れていく事でイストファに足りない部分が埋められていると感じる事もある。

 しかしまあ、そこはイストファの裁量に委ねられるべき部分ではある。

 イストファが自分で彼を必要だと感じたのであれば、それは尊重されるべきなのだ。


「まあ、私から今日の貴方の冒険に関して感想を言うなら、そうね……」


 椅子に座って自分を見上げているイストファの頭を、ステラは優しく撫でる。


「頑張ったわね、ってところかしら。明日も頑張りなさい?」

「はい、ステラさん」

「……あ、そういえば一つだけあるわね」

「え?」


 姿勢を正して聞く態勢を整えるイストファに、ステラは「たいしたことじゃないのだけど」と前置きする。


「貴方達がゴブリンガードから逃げ出した件よ」

「間違ってましたか?」

「いいえ、正しいわ。かなり苦戦したでしょうし。問題はそこじゃなくてね?」

「はい」

「逃げる事が悪手になる敵もいる。それを覚えておきなさい」


 逃げる事が悪手。

 そう聞いて、イストファはグラスウルフの事を思い出す。

 逃げても追ってきたグラスウルフがそうなのだろうか。

 そう考えて、イストファはその名前を口に出す。


「グラスウルフ……ですか?」

「確かにアレもそうね。場合によっては、逃げたつもりで大群が追ってきてる事もあるから。出来れば数の少ないうちに仕留めなさい?」

「う……はい」


 答えながらもイストファは答えが「そうではない」事に気付く。

 アレもそう、と言っているということは、そういう事だからだ。

 そしてその予想通り、ステラは「でもね」と切り出す。


「私が今回言っているのは、ゴブリンガードの……いえ、階層守護者の事よ」

「逃げたら状況が悪化するんですか?」

「というよりも、逃がしてくれないような敵もいるわね。もし、そう感じるような敵が現れた時は」

「……時は?」

「立ち向かいなさい。そうする事で、逃げる事では見つからない光明が見える事もあるわ」


 見えなかった時はどうなるんだろう。

 そう聞いてみようかと思い、イストファはやめる。

 代わりに、こう聞く事にする。


「僕、階層守護者ってその場から離れないと思ってたんですけど……その認識って、間違ってましたか?」

「間違っている事もあるし、間違っていない事もある。それが答えになるかしらね」

「間違ってるけど、間違ってない……ですか?」

「そうよ。その敵の性格次第ね。守る事が得意な階層守護者もいるし、攻める事が得意な階層守護者もいる。そこは見極めるしかないわ……勿論、ギルドに情報があるなら買ってもいいけれど」


 お金はかかるわよ、と冗談めかして言うステラにイストファはうっと唸る。

 それは、中々難しい。お金が入ったのだから、買うべきとは思うのだが……カイルの持っている情報と被っても仕方ないので要相談だろうか?


「ま、今夜はこんなところかしらね」

「ありがとうございます、ステラさん」

「たいした事は話してないわ。優秀で大変結構」


 クスクスと笑いながら部屋の明かりを消し、ステラは自分のベッドに潜り込む。

 今日は二人部屋。ちゃんとベッドが二つ用意されているので、イストファも安心して自分のベッドに入る。

 やはりなんだかんだで、ステラと一緒のベッドというのは恥ずかしいのだ。


「さ、寝ましょ?」

「はい。おやすみなさい、ステラさん」

「ええ、おやすみイストファ」


 イストファは、明日の冒険の事を考え目を閉じて。

 けれど、興奮から中々寝付けない。

 ステラに今日の出来事を話す事で、明日が楽しみになってしまったのかもしれなかった。


「……あれ?」

「どうしたの?」

「いえ、その」


 明日が楽しみ。その気持ちに気付いて、イストファは不思議な感覚になる。

 明日。イストファにとってその言葉は、それ程楽しみなものではなかった。

 明日には、きっと。そう望み続け、けれど何も変わらない日々を続けていた。

「明日」が見えないから、その先の未来に希望を託し続けていた。

 けれど、今は……「明日」に明確な希望を抱いている。


「明日が……早く来るといいなって。そう思ったんです」


 そのイストファの言葉に、ステラはクスッと笑う。


「そう? でも寝ないとダメよ」

「はい」


 明日が来るのが、楽しい。

 そんな気持ちを胸に秘めて……イストファは、再びぎゅっと目を閉じた。

 だからだろうか。

 この夜、イストファは長く見ていなかった夢を見た。

 内容は覚えていないけれど……それはたぶん、とても幸せな夢だった。

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