大分強くなったみたいね

 まだ夜も明け始めた頃。イストファは、静かに目を覚ました。

 隣のベッドを見ると、ステラが静かな寝息をたてているのが分かる。

 まだ朝早い。それが分かっているから、イストファは音をたてないように静かにベッドを出る。

 光の洩れる木窓をそっと開けると、早朝の涼しい風と柔らかな光が部屋へと飛び込んでくる。

 見下ろせば、宿の前を掃き掃除する従業員の姿や、配達を急ぐ何処かの店の下働きの姿が見える。


 もう職人は仕事に向かう時間だし、商人もすでに屋台で朝食を売り始めている頃だ。

 とはいえまだ寝ている者も多く、逆にこれから寝る者もいる。

 たとえばだが、何人かの冒険者が「そろそろ寝るか」といった風に欠伸をしながら歩いている姿もある。

 とても平和なその光景は……同じ場所に居ながら、イストファが今まで気付く事すらなかったものだ。

 


「……ん……」

「あっ」


 その光が覚醒の切っ掛けになったのか、ベッドのステラが小さく声をあげる。

 そのままステラはベッドから起き上がると、軽く目を擦り「おはよう、イストファ」と声をかけてくる。


「おはようございます、ステラさん。すみません、起こしちゃって」

「構わないわ。そろそろ起きようとは思ってたのよ」


 ベッドから起きて軽く柔軟を始めるステラをイストファがじっと見ていると、ステラは「一緒にやる?」と声をかけてくる。


「はい!」


 ステラの正面に立ち、イストファもステラの真似をしながら柔軟を始める。

 その姿を見ながら、ステラは「大分強くなったみたいね」と笑う。


「そう、ですか?」

「ええ。こうして見てるだけで分かる。動きが良くなってるもの」


 確かに、イストファはゴブリンを圧倒できるようになっている。

 できるが……ゴブリンガードからは逃げるしかなかった。

 それを「強くなった」と言えるかは、疑問だった。


「そんなに強くなったのかなって顔ね」

「……はい」

「昨日落ちぶれ者連中を撃退したとは思えないわね。ふふ、いい傾向ではあるけど」

「あっ」


 そう、イストファとカイルは昨日襲ってきた落ちぶれ者達を撃退した。

 それはダンジョンに潜る前のイストファには出来なかった事だし、確かな成長の証でもある。

 そんな事すら自覚していなかったのかとイストファは恥ずかしくなるが、ステラは「いいのよ」と頭を撫でてくる。


「自分に対する不満は、成長の種よ。今のイストファは『もっと強く』という感情が強くなっているの。いってみれば、一番伸びる時期ね」

「そうなんですか?」

「そうよ。下手に『自分は強い』って錯覚する奴はすぐに死ぬわ。だから、常に不満を持ち続けなさい」


 言われて、イストファはカイルを思い出す。

 そういえばカイルは「ゴブリンならどうにかなる」と考えて死にかけていた。

 つまりはああいう事なんだろうな……と、本人が聞いたら怒りそうな事を考える。


「はい、気を付けます」

「ええ、それでいいわ」


 微笑むステラに頷くと、やがて部屋の扉をドンドンと叩く音が聞こえてくる。

 ドアの向こうから聞こえてくる「おい、イストファ起きろ!」という無遠慮な声に苦笑しながらイストファがドアを開けると、すっかり完全装備のカイルの姿があった。


「なんだイストファ、まだ準備してないのか。さっさと行くぞ!」

「あ、うん。でも」

「いいわよ、イストファ。私もすぐに準備するから。行きましょう?」

「げっ、お前も来るのか」

「当たり前でしょ? 貴方を『グラディオ』に……パーティに入れないといけないし」


 嫌そうな顔のカイルだが、ステラはイストファが鎧をつけている間にもう完全装備を終えてしまう。


「まずは武具店と冒険者ギルドだったかしら? そこまでは付き合うわ」

「どっちが先がいいんでしょうか?」

「そうねえ。武具店でいいと思うわよ。貴方達と合う年やレベルの子が来るのは、もう少し後だと思うし」

「……そうなんですか?」

「ええ、理由は主に二つよ」


 一つは、早起きが苦手だということ。

 冒険者といっても、生まれた時から冒険者というわけではない。

 特にイストファやカイルの年頃の初心者が冒険者となる時、それは大抵は訳ありや冒険者に過剰な夢を見たヤンチャ者かだ。

 彼等、あるいは彼女等はそれまで普通の生活をしていた事も多く、日の出と共に行動するような習慣は持ち合わせていない。

 つまり、街が本格的に動き出し店が開き始める頃にようやく冒険者ギルドに集まる可能性が高いのだ。


 二つ目は、混雑に突っ込む度胸や技を持ち合わせていない事。

 早朝はベテラン冒険者が集まって混雑する為、まだ経験の浅い初心者は人に流され疲れてしまう事が多い。

 それ故に、そういった混雑が収まってから来る事があるのだ。


「へえ……」

「確かに朝の混雑は酷かったな……潰れて死ぬかと思ったぞ」

「そういう状況だからスリも出るのよ。行くなら気を付けないといけないわ」


 冒険者相手にスリしようとする度胸のある凄腕よ、と言うステラにイストファとカイルはゾッとする。

 そんな奴に財産をスられてはたまらない。


「……先に武具店だね」

「そうだな」


 故に、最初にどちらに行くかは……迷うまでもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金貨1枚で変わる冒険者生活 天野ハザマ @amanohazama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ