だから連中はダメなんだ

「お、元気なガキが……って、お前。薬草採りの坊主じゃねえか。妙にサッパリしたな」

「え、あ、はい。ガンツさん、おはようございます」

「おう、昼過ぎだけどな。どうしたよ、何か景気の良い話でもあったか?」

「そういうわけでもないんですが……」


 冒険者の男……ガンツにイストファが困ったように頬を掻きながら答えると、ガンツは大きな声で笑う。


「ま、お前も随分苦労してやがったしな。そろそろ『こっち』に来ても良い頃だろうよ」

「が、頑張ります!」


 ガンツの言う「こっち」というのは、薬草採りや雑用ではなくダンジョンに潜ってモンスターを倒しお宝を探すような仕事の事だ。

 他にも討伐や護衛などもあるが……この迷宮都市ではやはりダンジョン探索が花形だ。


「あ、それじゃとりあえず薬草納品しちゃうので」

「おう、頑張れよ」


 頭を下げて、イストファはカウンターへと歩いていく。


「こ、こんにちは! 薬草の納品に来ました!」

「はい、こんにちは。それでは確認させて頂きますね」


 慣れた手つきで職員は薬草を確認し、手元のトレイに乗せて近くの職員に渡す。


「それでは、今回は90イエンです。内訳は確認しますか?」

「い、いえ。大丈夫です! それより、その……ダンジョンに関する情報って、幾らなんでしょう?」


 イストファがそう聞くと、職員の女は少しだけ面食らったような表情になった後、イストファを見て納得したように頷く。


「そうですね。ダンジョン1階層の地図情報でしたら2万イエン。1階層のモンスター出現情報は3000イエン、モンスター詳細情報は1階層なら個体ごとに500イエンから1万イエン。それと……」

「あ、いえ。また来ます」


 とてもではないが、今貰った90イエンを積み立てますなどとは言えないレベルだった。

 肩を落として冒険者ギルドを出ると、またねばついた視線が絡みついてくる。

 それから逃げるようにイストファはダンジョンへと向かう冒険者に声をかける。


「あ、こんにちはノルディさん! 今からダンジョンですか?」

「おお、薬草採りのガキじゃねえか。なんだ、カッチリして。ついに半人前ってか?」

「あはは……はい。ダンジョンに僕も潜ろうかと」

「ん? そうか。じゃあダンジョン前まで一緒に行くか」

「はい、是非!」


 ノルディは快活に笑うと、ふと声を潜める。


「……で、よ。さっきからお前を監視してる連中。ありゃなんだ?」


 ノルディが言っているのは、ねばついた視線の主……路地裏から見ている者達だ。


「えっと……狙われてる、みたいで」

「ハッ。だから連中はダメなんだ。足引っ張る事しか考えてやがらねえ」


 ペッと唾を吐き捨てると、ノルディは辺りを睨みつける。


「オウ、このろくでなし共が! こいつに手ぇ出したらボコんぞ!」


 そう叫ぶと同時、脅えたように彼等は消えていくが……諦めたわけでもないだろう。

 しかしノルディはとりあえずそれで満足したようで、軽く毒づきイストファへと笑う。


「ま、こんなもんだろ。んじゃ行こうぜ」

「えっと……ありがとうございます」

「気にすんな。お前が真面目に生きてる事くらいは知ってっからよ」


 だがまあ、とノルディは真面目な顔になる。


「ああいう連中に限らず、ろくでもなしは何処にでもいるもんだ。銀級だろうとなんだろうとな」

「えーっと……」


 もしかして門で会った彼等が何かやらかしたのだろうか、と思いながらもイストファは曖昧に笑う。


「お前も気を付けろよ。これからは別の連中も警戒しとけ」

「はい」

「うし、んじゃ行くぞ」


 ノルディの後を追い歩けば、やがてダンジョン近くの露店市場へと辿り着く。

 ちゃんと店を構えた商店街とは違い、行商人が露店を出す即席市場だが、売っているのは冒険者向けの薬や雑貨、食糧……果ては武器や防具など様々だ。

 商店街のものより安い物もあれば高い物もあるが、此処でイストファが武器を買わなかったのは、汚い格好のイストファが近寄ってもまともなものを売ってもらえるとは思えなかったからだ。


 彼等は拠点を構えていない分身軽ではあるが同時にシビアでもあり、抜け目もない。

 たとえばイストファが先程1万イエン金貨を差し出し何かを買えたとして、今と同等のものどころか数段落ちたものを買わされていた可能性が高かっただろう。


 しかし、今はイストファも一端の……半人前冒険者に見える。

 商人達の目も、汚いものを見る目ではない。

 全く目の奥が笑っていない笑顔で呼び込みをしてくるが……まあ、全財産が90イエンだと知れば、すぐに手の平を返すだろう。


「お、着いた着いた。そんじゃ、頑張って生き残れや」

「はい、ありがとうございます!」


 ダンジョン前に着くと、ノルディは入口に立つ衛兵に銅の腕輪を見せて中に入っていく。

 そう、今ノルディが入っていった洞窟の入り口のようなものが迷宮都市の異名の由来となった迷宮……ダンジョンの入り口なのだ。


 一説には世界の最奥に繋がっているとも神の世界、あるいはモンスターの王がいる場所に繋がっているともされるが……その秘密が解かれた事はない。

 ある時突然世界に現れたとされる幾つかのダンジョンのうちの1つ。

 中には無数のモンスターと何処まで続くのか分からない幾多の階層。

 そして、煌びやかな……あるいは凄まじい力を持った宝物が尽きる事無く発見される。

 それがこの、エルトリア迷宮なのだ。

 だからこそ、冒険者は多少人格に問題があっても重宝される。

 そんなだから、イストファにも浮かび上がるチャンスがあるのだ。

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