よし分かった。最初から説明しろ

 しかし、だからといってどうにか出来るものでもない。

 イストファとカイルに出来るのは、そのゴブリンガードに会わないように祈る事くらいのものだ。

 だから、祈りながら二人は歩いて……そして、当然のようにカイルはバテた。


「ぜえ、ぜえ……ま、待てイストファ。休憩、しよう」

「うん、それはいいけど……」


 困ったなあ、とはイストファは口には出さない。

 けれど困ったなあ、とは思う。

 カイルの体力の無さは凄まじい。

 ゴブリン狩りでテンションが上がっていた時には気にならなかったが、こうして帰れないかもしれないという危機感が出てくるとカイルの体力の無さはリスクとして露呈してくるのだ。

 しかし、それでもゴブリン退治でカイルの体力も僅かずつ上昇しているはずなのだ。

 座り込んで休んでいるカイルから視線を外し、イストファは周囲を見回す。

「目隠しの草原」の名の通り、こうして何度見まわしても見通しの良い何処までも続く草原に見える。

 それが今は……凄まじく凶悪に見えてくる。


「誰かが通りがかればいいのにな……大声出したら気付かないかな?」

「無理だ。視認できない場所までは声が届かないという実験結果があるらしい」

「でも、その割にはグラスウルフは僕達を追ってきたよね?」

「ああ。あれはお前も勘付いただろうが、たぶん俺達の匂いを追ってきてたんだろうな」

「……やっぱりか」


 見えず、聞こえない。逆に言えばそれだけなのだろう。

 思い返せば、ステラも見えてなど居ないはずのイストファの下へとやってきた。

 アレも偶然とはイストファには思えなかった。


「ねえ、カイル」

「ん?」

「人間……エルフも含めてだけど、とにかくそういうモンスターじゃない人が此処で誰かを追う方法って……やっぱり魔力かな?」

「あー……まあ、普通はそうだろうな。でもまあ、お前を追うのは難しいと思うぞ?」

「なんで?」

「なんでってお前、魔力ほとんど無いんだろ? 外で落とした砂粒探すようなもんだ、そりゃ」


 それは不可能な例えなのだろうか。

 しかし、それでもステラが……エルフが魔力が強いのならば、それでようやく可能な技なのだろうかともイストファは思う。


「ふーん……僕にもそんな技が使えたらな」

「なんだお前、いずれはダンジョンの外で武名をあげたいのか?」

「へ?」

「魔力を追う技なんて、つまりは『そういう事』が必要な奴の技だぞ。護衛とか賞金稼ぎとか……あとは暗殺者もか? 鍛えても本人の強さが上がるわけじゃないしな」

「……そうなの?」

「あったり前だろ。鼻を鍛えて匂いを追うのとそう変わらん。匂いが判別出来て剣の切れ味が変わるか?」


 それを言ってしまうと身も蓋もない気がしたが、つまりはそういうことなのだろう。


「……そっか。じゃあ僕が覚えてもあんまり意味は無いのかな?」

「そこまでは言わんが、俺だってそんな技は教えられんしな」

「いや、カイルに教わる気はないけど」


 大分元気が出てきたな、と察したイストファはカイルをじっと見つめる。


「それより、そろそろ行く?」

「ん……そうだな。しかし端に行くだけでも結構疲れるもんだな」

「凄く広いんでしょ? なら、きっとそんなもんだよ」

「かもな」


 言いながら、二人は歩く。互いに命を預け合う関係故か、その間には少しの警戒もない。

 それに気付いて、イストファは不思議な感覚になる。

 自分を助けてくれたステラに、こうして少し厚かましいけど悪い奴ではないカイル。

 あの盗賊男みたいな奴も路地裏の連中みたいな奴もいる中で、こんなにも良い人達にも出会えている。

 ……それは、イストファが「一定以上の人間」になれているからだ。

 その事実を踏みしめ、イストファは短剣を握る手に力を籠める。


「……お前、何か気負ってるのか?」

「え?」


 そんな言葉に、イストファは思わずビクリとする。

 気づけば、カイルが真剣な表情でイストファの顔を覗き込んでいた。


「な、何? いきなりどうしたのさカイル」


 言いながらイストファは少しだけ足を速めるが、そのイストファの肩をカイルが掴む。


「いいから待て。そんな思いつめた顔されて放っておけるほど薄情じゃないぞ、俺は」

「思いつめ……って」

「誤魔化すな。『やらなきゃいけない』って顔してやがったぞ」

「そ、れは……」


 確かに思ってはいる。

 自分が「人間」である為に、イストファは稼がなければならない。

 フリートだって言っていた。客だから……と。

 ステラだって言っていた。努力出来る真っすぐな子が好きだと。

 きっと、誰もがそうなのだ。

 何かを成そうとする事を諦めた時、人はあの路地裏に転落する。

 だから。だから、イストファは。


「僕は……皆に好きでいてもらえる僕になりたいんだ。だから、やらなきゃ」

「ん? んん?」


 イストファの言葉に、カイルは首を傾げてしまう。


「いや、待て。意味が分からん。つまり……どういうことなんだ?」

「僕の、勝手な目標だよ。ごめん、変な事言って」


 そう言って歩き出そうとするイストファの肩を、再びカイルが掴んで止める。


「だから待てって。よし分かった。最初から説明しろ、その良く分からん目標を持つに至った経緯から、全部だ」


 そう言うと、カイルはその場に座り込むのだった。

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