拳を合わせるんだ、拳を

 そしてイストファのこれまでの経緯を半ば無理矢理聞き出したカイルは、しばらくの間唸っていた。

 その様子をイストファはじっと黙ってみていたが……やがて口を開こうとしたその瞬間に突き出されたカイルの手の平が、イストファの口が言葉を紡ぐのを止める。


「何も言うな。俺も正直、何を言っていいのか分からん」

「……」

「お前の境遇は理解した。そういう考えに至る理由も理解した。とはいえ、『だから同情する』というのは違う。だから、ちょっと待て。今、俺の中で考えを整理してる」


 そう言うと、カイルは再び黙り込み唸り始める。

 その姿をイストファは静かに見ていたが……申し訳ないような、そんな気持ちになってくる。

 自分が妙な事を言ったから、カイルが悩んでいる。それは明確であったからだ。

 しかし何も言うなと言われた以上、イストファは何も言えずにそわそわとする。

 そうして、しばらくの時間がたった後。カイルは「よし」と呟いて膝を叩く。


「待たせたな、イストファ。今から俺の考えを言う」

「う、うん」

「まず、お前の考えと目標については理解できる。俺だって『持たざる者』だ、もし俺に魔力がもっとあれば、家族に愛されていただろうからな」


 そう、カイルは魔力がないが故に家族にも馬鹿にされていたのだとイストファは思い出す。

 だから、こんな所にカイルは来ているのだ。


「とはいえ、お前からしてみれば俺はまだ恵まれている。日々の暮らしに苦労してるわけじゃないんだからな。そういう意味では、俺とお前は違うとも言える」

「……うん」

「ついでに言えば、俺がお前の師匠のエルフみたいに薬草拾いのお前に金貨一枚をポンと渡せたかといえば『それはない』とも断言できる。それは、俺にとってのメリットがないからだ」

「うん」


 分かっている。薬草拾いをしていた頃のイストファは、誰から見ても底辺の人間だっただろう。

 親切にして何かが返ってくる見込みなど、何処にもないのだ。

 カイルがそんなイストファを救う理由など無いのは、イストファにだって理解できる。


「だが……まあ、それは過去の話だ」

「え……」

「今の俺とお前には何の関係もない。未来の俺にとって『魔力の無い俺』が過去になるようにな。実際、お前が居なければ俺はこのダンジョンで死んでたかもしれん。違うか?」

「いや、でもそれは」

「でも、は無しだ。俺を助けたのはお前だイストファ。どうだ、違うか?」

「違わない、よ」

「だろう?」


 カイルはイストファの言葉に満足そうに頷くと、その瞳をじっと覗き込むように見つめる。


「イストファ。俺はお前を仲間だと思ってるし、友人になりたいと思ってる。だから言うがな、お前のソレは本来は『上昇志向』って呼ぶヤツだ。変な方向に歪んでるから、とてもそうは見えないけどな」

「上昇志向……」

「人間なら誰だって持ってるものだ。俺だってそうだ。でもお前の場合、必死でもがき過ぎだ。自分の目標で溺れちまうぞ」

 

 その言葉に、イストファはステラの言葉を思い出す。

 その思考のまま突き進めば、いつか転んだ時に立ち上がれなくなる。

 確か彼女は、そう言っていた。


「……そういえばステラさんにも、似たような事言われたな」

「だろうな。たぶん誰でも……とは言わないが、大体の人間は同じ感想を持つと思うぞ?」

「でも、カイルもあんまり僕の事言えないと思うんだけど。一人でゴブリンにやられかけてたし……」

「俺はいいんだ」

「よくないでしょ」

「いいんだよ」


 フイッとそっぽを向いて誤魔化すカイルの姿に、イストファは思わずクスッと笑う。

 自分の事を本当に考えてくれている。

 それが分かって、心の中にあった何かが溶けて消えたせいかもしれなかった。

 ほんの少しだけ、心が軽くなっていたのだ。


「ねえ、カイル」

「なんだよ」

「カイルの事も、教えてよ」

「嫌だ」

「え、ひどいよ。僕の事情は聞いたじゃないか」

「俺はいいんだ。俺は未来の大魔法使いカイル。それ以外の『俺』は今は要らん」

「ええー……」


 不満そうなイストファに、カイルは「ダメだ」と念押ししてくる。


「それともなんだ、イストファ。お前は俺が何者か完璧に分からないと仲良くできないか?」

「……その言い方はズルいよ」


 そんなわけがない。

 こんなにも自分の事を真面目に悩んで考えてくれるカイルと、仲良くしたくないわけがない。


「僕は、君と友達になりたいよ。カイル」

「ああ、俺もだ。お前となら、いい友人になれると思ってる」


 言いながら拳を突き出してくるカイルに、イストファは首を傾げて。


「拳を合わせるんだ、拳を。友情の儀式ってやつだ」


 そうカイルに言われて、イストファは慌ててカイルの拳に自分の拳を合わせる。

 ゴツン、とぶつかった二つの拳を見て、カイルがニヤリと笑う。


「改めてよろしくな、イストファ」

「うん。改めてよろしく、カイル」

「まずは外に出る。そしてグッスリ寝て、明日もまた俺とお前で潜るんだ。異論は?」

「無いよ……まあ、ステラさんがそれでもいいって言ってくれたらだけど」

「おい、いきなり友情の危機か?」


 冗談めかして言うカイルに、イストファが笑う。


「よし、行くぞイストファ!」

「うん、行こうカイル!」

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