正直に言うと僕、怖いんだけど

 カイルを伴ったイストファは、再び歩き始める。

 

「それで、どうして僕なんですか?」


 後ろを歩くカイルにそう問いかければ、カイルは「ん?」と聞き返してくる。


「だって、僕みたいな新人じゃなくてベテランを雇えばいいじゃないですか」

「それでも良かったんだが、帰りの路銀を考えるとここで金を使うわけにもいかなくてな。何しろ、人を雇うってのは結構金がかかるんだ」

「ああ、だから僕ですか」

「そう言うな。戦利品は全部渡すと言ってるだろ」


 それより、とカイルは早歩きでイストファの隣までやってくる。

 そして肩に手を回し、イストファの歩みを無理矢理止めてくる。


「なんで敬語なんだ、イストファ。年下には見えねえぞ」

「なんでって。たぶん……お貴族様ですよね?」


 カイルの装備は、どれもお金のかかっていそうな高い物にイストファには見える。

 自然と思い出すのは、豪商や貴族がダンジョンに潜っているらしい……というステラの言葉だ。


「今の俺は、ただのカイルだ」


 その言葉がすでに貴族っぽくて、イストファは絶対敬語を維持しようと心に決める。

 しかし、そんなイストファの心の内が見えていたのだろうか、カイルは一気に不機嫌そうな表情になる。


「いいか、イストファ。俺は何処にでもいるただのカイルなんだ。敬語はやめろ、同年代に話すみたいに普通に話せ」

「そ、そう言われましても」

「変に気遣うんじゃない。俺はお前を雇ったんじゃなくて、仲間として此処にいるんだ」


 段々怒りがその声に混じってきたように思えて、イストファは仕方なく「分かった」と答える。


「じゃあそうす……るよカイル。これでいいんでしょ?」

「ああ、それでいい。まったく、最初からそうしろ」

「あとで家来の人に見つかった時に、不敬だって斬られないようにしてね?」

「心配いらん。その時は……ごほん! 俺はただのカイルだって言ってるだろう!」


 やっぱりお貴族様だな、と思いながらイストファはカイルの腕を解き再び歩き出す。

 

「そんな事よりだ。お前、ひょっとしてこの階層の情報を買ってないのか?」

「あー、うん。そんなにお金ないから。お金さえ貯まれば買うんだけど」

「なら俺が少し教えてやる」


 そう言うと、カイルは軽く咳払いする。


「まず、この階層はゴブリン系のモンスターが多く出る。一番多いのは普通のゴブリンだが、さっきのゴブリンマジシャンがゴブリンファイターを伴って歩いている事もある。他はゴブリンスカウト、それにゴブリンヒーラーなんてのもいる。だがそれだけじゃなく」

「ガァウ!」


 カイルの説明の途中で、虚空から何かが現れイストファ達へと飛び掛かってくる。

 それはゴブリン……ではなくウルフ。牙をむき飛び掛かってくるウルフを避けようとして、イストファは後ろで固まっているカイルに気付く。


「く……この!」

「ギャン!?」


 咄嗟の判断でナイフを投げると、見事ウルフの額に命中するが……回転しながら飛んだナイフは丁度柄の部分が当たったようで、思わぬ衝撃に驚き転がり……しかしすぐに起き上がったウルフにはたいしたダメージも与えられていないように見えた。


「……す、すまん! ちょっとビビった! もう大丈夫だ!」

「しっかりしてよ……」


 慌ててカイルは杖を構え「フレイム!」と唱える。

 放たれた炎をウルフは素早く後ろへと跳んで避け、地面の草に命中した炎は草を焼き焦がし消えていく。


「お……見ろ、見ろイストファ! 草が焦げたぞ!」

「え、あ、うん。でも戦闘中だから!」


 はしゃぐカイルにそう返し、イストファはウルフと睨み合う。

 路地裏に居た頃に野犬に襲われそうになった事はあったが、目の前のウルフの圧力はその比ではない。

 気を抜けば食い殺されそうな、そんな気すらしてくるのだ。


「……どうする、カイル。正直に言うと僕、怖いんだけど」

「何を言う。俺だって怖いぞ」

「逃げる?」

「逃がしてくれそうか?」


 グルル、と唸るウルフは……逃がしてくれそうにはない。

 ゴブリンファイターよりも速そうだし、あの牙も顎も強そうだ。


「無理、かなあ」

「俺もそう思う。アレはグラスウルフ。ダンジョンの外にいる連中は、ゴブリンを食い殺すくらいには獰猛なんだそうだ」

「へ、へえ……ちなみにゴブリンファイターと、どっちが強いのかな」

「三匹いればゴブリンファイターを簡単に食い殺すらしいぞ」


 一匹で良かったな、と言うカイルに「何処が良かったんだ」とイストファは毒づきそうになる。

 ゴブリンファイター一匹に、イストファはまともにやって勝てると思えなかったのだ。

 三匹がかりであってもゴブリンファイターを真正面から簡単に倒せるというのであれば、あのグラスウルフも相当に強いのは疑いようもない。


「いいか、落ち着けイストファ。連中の真骨頂は群れでの狩りだ。一匹でいるならさっきと同じだ。俺が魔法で隙を作るからお前はその隙に」

「ウオオオオオオオオオオオオオオン!」


 なんとかしろ、と。そんなカイルの言葉がグラスウルフの咆哮に掻き消される。


「今のは……威嚇?」

「違う、拙いぞイストファ! アレは……うお!?」


 カイルが叫び、しゃがんだその上を何かが勢いよく通り過ぎる。


「な……え!?」


 離れた場所に着地したそれは、間違いなくグラスウルフ。

 新手のグラスウルフが、そこに居たのだ。


「仲間を呼ぶ叫びだ! くそ、これは……」

「逃げよう!」


 イストファは即断すると、カイルの手を引き立ち上がらせる。

 剣先だけはグラスウルフを威嚇するように向けているが、どれ程効果があるものか。


「し、しかし」

「一匹でも怖いのに、二匹とか死ぬ! しかももう一回叫ばれたら三匹だよ!?」

「ぬ」


 イストファとカイルはじりじりと迫ろうとするグラスウルフを見て、互いに目を合わせ頷く。


「よし、逃げるぞ……フレイム!」


 再び放たれた炎にグラスウルフ達の動きが止まった瞬間、二人は身を翻して走りだす。


「ま、待てイストファ! お前少し速っ」

「あーもう!」


 遅れそうになったカイルの手を引き、イストファは走る。

 逃げないと死ぬ。怒ったようなグラスウルフの咆哮を聞きながら、イストファとカイルはとにかく必死で足を動かして逃げ出した。

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