そんな立派な目標とかじゃ、ないから

 それからは特殊なゴブリンにもグラスウルフにも会う事無く、イストファとカイルのコンビは快進撃を続けていた。


「いくぞ……フレイム!」


 カイルの杖から放たれた炎がゴブリンを軽く焼き、自分を焦がす火の熱さと痛みにゴブリンが悲鳴をあげる。

 そして、その致命的な隙にイストファの短剣がゴブリンを狩る。

 何度も繰り返し完璧になってきたコンビネーションは、もはや普通のゴブリンなど相手にはならない程のものとなっていた。


「よっし! 威力は全然だが……それでも確かに上がってきている!」

「僕には凄い威力に見えるけど」


 ゴブリンの魔石を取り出し袋に入れるイストファに、カイルは「何を言ってるんだ」と溜息をつく。


「こんなの、鼻で笑われるレベルだぞ? 本来のフレイムの魔法っていうのはだな、さっきの一撃でゴブリンが火だるまになって転がるような魔法なんだ」

「怖いね……」

「怖くない! フレイムはゴブリンマジシャンが使う『ファイア』の上にあたる魔法だが、それでも初級魔法の範疇だ。本当に怖い魔法なんてのは、ゴブリンなんか一撃でバラバラにしちまうんだからな」


 それを聞いて、イストファは「あっ」と声をあげる。


「ん? なんだ、心当たりでもあったのか?」

「ん。んん……いや」


 そういえばステラはダンジョンでゴブリンの頭を魔法らしきもので吹き飛ばしていたな、とイストファは思い出す。


「たとえばなんだけど……ゴブリンの頭を吹き飛ばすような魔法とか」

「頭を? 吹き飛ばすっていうと爆発系か? 頭だけ、となると初級魔法の範疇だと思うが……そんな事出来るのは、かなり魔力の高い魔法士だと思うぞ」


 まさかそういう奴に心当たりがあるのか、とカイルはイストファを睨む。


「えーと……師匠っていうかなんていうか……そういうエルフの人が居て。その人が……ね」

「……エルフか」


 エルフと聞いて、途端にカイルは苦々しい顔になる。

 まるでフリートのようなその反応に、イストファは思わず動揺してしまう。


「ど、どうしたのカイル」

「いや……エルフか。そうか……エルフかあ……」


 苦渋に満ちた顔でカイルは何度か首を振ると、イストファを正面から見る。


「すまんな。なんていうか……エルフは魔力が強いからな。俺からしてみれば少しジェラシーっていうか。まあ、うん。個人的なエルフへの嫉妬だ。許せ」

「いや、僕は気にしてないよ。僕なんか、魔力が全くないらしいしね」

「あ?」


 イストファに言われ、カイルはイストファをまじまじと見つめる。


「魔力がない? 少しもか?」

「う、うん。そう言われたけど」

「そうか。まさか俺より魔力の低い奴がいるとは思わなかったが」


 下に下がいるんだな……などと言っているカイルにイストファは少しばかりムッとする。


「そんなに魔力が低いなら、カイルはなんで大魔法士とかを目指してるのさ。戦士の方が良かったんじゃない?」

「ん? 決まってるだろう。俺は体力もないし剣のセンスもないが、幸いにして天才だからな。魔法発動の為の基礎は即座に理解できたし、大魔法と言われる類のものも一年かからず習得できている」

「へー……なんか凄く聞こえるけど」

「実際凄ぇんだ。だが見た目だけ発動できても、魔力が伴わなければ何の意味もねえ。それはお前が見た通りだ」


 フレイムの魔法は「なんか熱い、見た目だけは火」といった程度にしかならず、大魔法に至っては「発動しているはずだが何も起こらない」といったような結果だった。


「ついた綽名が『玩具の魔法士』だ。許せるものかよ」

「玩具……」

「誰もが俺を陰で嘲笑った。家族でさえな。だから俺は、その全てを見返してやると決めたんだ」


 ダンジョンでモンスターを倒せば、僅かずつでも魔力が上がる。

 それを繰り返せば、いつか最強の魔法士と言える程にも届くだろう。

 カイルは、それを本気で目指していると語る。


「イストファ。お前にだって、何か夢があるんだろう?」

「うん。僕は……」


 一流の冒険者になりたい、と……そう言いかけて。

 しかし、その言葉は口から出てこなかった。

 幸せになりたい。それがイストファの原動力だ。

 けれど。それはこの場で語るに相応しいものなのだろうか。

 

「なんだ。どうした?」

「あ、うん。僕は……一流の冒険者になりたいと思ってる」

「一流か。いいな! だがどうせなら最強を目指すといいぜ!」


 そう言ってカイルは笑う。


「お前だって、俺と同じくらいなのにダンジョンに潜ってるんだ。見返してやりたい奴とかいるんだろ?」

「あ、いや。僕は……」


 幸せになりたい。

 好かれたい。

 愛されたい。

 ただ、それだけなのだ。

 誰もが当たり前に持っているような「幸せ」が欲しい。

 イストファが願っているのは、ただそれだけなのだ。

 最強とか、そういう眩しいものは……イストファは、見据えた事すらない。

 だから、隠したくて。イストファは、そっと目を逸らす。


「僕は……そんな立派な目標とかじゃ、ないから」

「ふうん?」


 訳が分からない、と言いたげにカイルは首を傾げる。


「聞かせてみろよ。立派かそうじゃないかはそれから判断してやるから」

「そ、そんな事よりもっと狩ろう! ほら」

「おっと」


 小走りで前へと走り出したイストファは、その先の空間から現れた誰かにぶつかって止まってしまう。


「す、すみません」

「ハハ、構わないよ。こんな場所だからね」


 イストファが慌てて離れて見上げた先。

 そこには、柔らかな笑みを浮かべる青髪の男が立っていた。

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