そんなアホな情報は買ってないな

「ん? なんだお前は」

「ちょ、ちょっとやめてよ。本当にすみません。ぶつかっちゃって」


 イストファは近寄ってきたカイルを制しながら、再度頭を下げる。


「さっきも言ったけど、構わないよ。この場所は意地悪だからね。こういう事だって、当然起こるさ」

「そう言って頂けると……」


 笑う青髪の男は、体格こそ細身ではあるが……しっかりとした冒険者であるように見えた。

 恐らくは鉄製であろう金属製の鎧で身体の各所を守り、腰にはロングソード、そして立派な盾も持っている。

 そして、腕には……これは意外な事に、銅の腕輪が嵌っていた。


「気になるかい?」


 イストファの視線に気付いたのか、男は銅の腕輪を見せてくる。


「す、すみません。なんだか意外で……」

「ハハ、会う人には必ず言われるよ。そんな立派な格好してるのにってね。でも、そこの君の友達だってそうだろう?」

「俺はいいんだ」


 胸を張るカイルにイストファは「ああ、もう」と額を押さえ、男は快活に笑う。


「ハハ、面白いね君の友達は」

「なんかすみません……」

「いいんだよ。それじゃ、俺はこれで」


 そう言って去っていく男を見送ると、イストファはカイルをキッと睨む。


「カイルゥ……あれはないよ。あの人が怒ったらどうするつもりだったの?」

「フン、そしたら俺達は終わってただろうな」

「え?」

「気付かなかったのか、イストファ。アレはヤバい奴だ」

「ヤバい?」


 男の消えて行った方角をじっと見つめていたカイルは、イストファの手を引いて反対方向へと歩き出す。


「ちょ、ちょっとカイル」

「いいから。すぐにこの場を離れるぞ。いつ気が変わるかも分からん」

「いや、説明してよ。訳が分からないよ」

「これは俺の経験上の話だが……アレは何かヤバい事を生業にしてる奴の目だ」


 ヤバい事。それはなんだろうかとイストファは思う。

 強盗とか殺人とか、そういうのだろうか?


「じゃあ、カイルはあの人の装備はどっかから盗んできたとか奪ってきたとか……そういう事を言ってるの?」

「そのくらいだったらいいんだがな……」


 やはり分からない。分からないが、カイルは「別に分からなくてもいい」と呟く。


「なんであんなのがこんな場所にいるんだ。いや、こんな場所だからか?」

「ちょっとカイル」


 引っ張られる腕をイストファが引っ張り返すと、カイルはうぐっと唸って停止する。


「一人で納得されても何も分からないんだけど」

「あー……つまりだな。アイツは間違いなく裏稼業の人間って話だよ。裏稼業が何かについてはお前の師匠とかに聞け。説明するのが面倒だ」

「面倒って……ていうか、それならなんであんな態度……」

「バカ、下手に脅えてみろ。あの手のは逆に襲ってくるぞ。何も気づかないフリが一番いいんだ」


 そういうものなのかな……とイストファは首を傾げる。

正直、よく分からない感覚だ。


「とにかく、今日はもうダンジョンを出るぞ。あんなヤバい奴がウロウロしてるなら、情報を集め直さなきゃいかん」

「それは、カイルがいいならいいけど」


 すでに袋の中にはゴブリンの魔石がある程度入っている。

 イストファとしては、ここで切り上げても異論はなかった。


「よし、行くぞ」

「うん」


 イストファが頷くと、カイルは「それで」と続ける。


「出口はどっちだ?」

「え?」

「ん?」

「どっちだ、って」

「何言ってるんだ。出口だよ、出口。どっちだ?」


 言われて、イストファは周囲を見回す。

 この第一階層はパッと見は高い岩壁に囲まれた見晴らしの良い草原だ。

 しかし、イストファが降りてきた出口……つまりダンジョンの入り口は、大きな穴が空いている。

 つまり、此処から見ても充分に分かるはずなのに何を聞いているのか。

 そんな事を考えながらイストファは出口を探すが……見つからない。


「え、あれ……出口が、見えない?」

「何言ってるんだ。見えるはずないだろう、此処は目隠しの草原だぞ? 見えるように思えるのは、全部ダンジョンの作った悪質な幻だ。だから来た方向を覚えておくことが重要なんだ」

「そんなの、知らないよ……?」


 昨日ステラに連れられて戻った時は、そんな事を気にする余裕すらなかった。

 今日は、こんな場所なら大丈夫と……途中からはカイルはたくさん知ってるから大丈夫と思っていた。

 しかし、それはひょっとすると「やってはいけない油断」だったのではないだろうか。

 イストファはその可能性に気付くと、顔色が真っ青になる。


「ち、ちなみにだけどカイル。カイルは来た方向は……」

「あれだけ走り回って覚えてるはずないだろう」

「え、ええ!? どうするの!」


 イストファが叫ぶと、カイルは「うーむ」と唸りながら自分の額を指で叩く。


「そうだな。たとえば、この階層を隅から隅まで歩いてみるとか」

「どのくらいかかるの……」

「そんなアホな情報は買ってないな」

「じゃあなんで提案したのさ」

「煩い。で、あとは……そうだな。ゴブリンスカウトを狙う事だな」


 ゴブリンスカウト、と聞いてイストファは初日に会ったアレの事を思い出す。


「アレかあ……でも、アレがどうしたの?」

「ゴブリンスカウトは低い確率だが、帰還の珠と呼ばれる道具を落とすらしい」


 帰還の珠。それはいわゆるマジックアイテムの一種であり、このダンジョンから一瞬で地上へ帰還するという道具なのだとカイルは説明する。


「俺も欲しかったんだが、売りに出るとすぐに買われるらしくてな」

「つまり、それを手に入れれば」

「出口が見つからなくても帰れるってわけだ」

「よし、探そう!」

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