巻き込んだのは悪いと思ってる

「ゴブリン……いや、違う!? 魔法士のゴブリンか!」

「ゴブリンマジシャンだ! ていうかお前伏せろって言っただろうが!」

「そんな事言ってる場合じゃ!」


 ゴブリンマジシャンが杖を振ると、再び先程の火球が虚空に生まれ射出される。

 それは地面に伏せた少年を狙っており、反射的にイストファは少年を蹴り飛ばす。


「ぐはっ!?」


 転がっていく少年が先程まで居た場所を火球が焼き、イストファは素早く短剣を構え走る。

 魔法の発動の仕組みなど、イストファには分からない。

 分からないが、あの杖を振った時に火球が現れた。

 それなら、振る前に倒してしまえばいい。

 そう考えたイストファだが……走り出したイストファにゴブリンマジシャンも当然気付いている。


「ギッ!」


 叫ぶと同時に杖を振り、火球がイストファ向けて飛んでくる。


「うわっ!」


 幸いにも、然程大きな火球ではない。

 ないが……速い。イストファは火球が放たれると同時にサイドステップで回避し、ゴブリンマジシャンに接敵し短剣を振るう。


「ギャ……ッ!?」


 全力の一撃はゴブリンマジシャンを深々と裂き、ひるんだその隙にもう一撃を加える。

 

「もう、ひとつ!」


 グラリと大きく揺れて倒れ行くゴブリンマジシャンに、イストファは素早くナイフを抜き放ち突き刺す。

 斬り、刺す。ゴブリン相手に磨かれてきたイストファの必勝パターンだが、その動きはイストファ自身が気付かないうちに少しずつ洗練されてきていた。

 そして倒れたゴブリンマジシャンを見て、イストファは小さくガッツポーズを取る。

 普通のゴブリンじゃないゴブリンを倒した。それはイストファの中で確かな自信に繋がっていたのだ。


「ねえ、そこの人! 大丈夫ですか!?」


 イストファは先程自分が蹴ってしまった少年へと振り返り声をかけて。

 すでに立ち上がっていた少年は、厳しい顔でイストファへと叫ぶ。


「馬鹿、油断するな! ファイターが来るぞ!」

「ファイター……? う、うわっ!?」


 何もない場所に突然現れた、イストファに向かって走ってくる一体のゴブリン。

 いや、「可視範囲内に入った」と言い換えるべきだが、斧を構え金属製の胸部鎧を着込んだゴブリンが奇声を上げながらイストファへと斧を振り下ろす。


「くっ……!」


 こんなもの、受けられるはずもない。

 イストファは素早くバックステップで避けようとするが、避けきれずに硬革鎧を小さな音をたてて斧が掠っていく。


「あーっ!? か、買ったばかりなのに!」


 硬革鎧の傷を見てイストファは泣きそうになるが、幸いにもイストファ自身に傷はない。


「くそ、許さないぞ……」


 言いながらイストファは短剣を構え、ゴブリンファイターと睨み合う。

 短剣と斧。まともに打ち合えば間違いなく斧が勝つだろうし、受け流す程の技量はイストファには無い。

 となると、避けるしかないが……出来るだろうか、とイストファは自問する。

 硬革鎧で防ぎきれるかどうかは、分からない。

 完全に硬革鎧の防御を突破されたわけではないが……賭けるには、少し分が悪い。


「君! 見た感じ魔法士なんだろ! 何か手はないの!?」


 恐らく後ろの方にいるのであろう少年に向けてイストファは叫ぶが、少年からは「ない!」という元気な返事が返ってくる。


「俺が使えるのはダメージにならない程度の魔法だけだ! 正直嫌がらせにしかならん!」

「そんなの……わあっ!」


 隙を突いて振り降りされた斧を、イストファは今度は危なげなく回避する。

 然程攻撃は早くない。しかし、普通のゴブリンに比べると格段に速い。

 体格も一回りくらい立派だし、着込んだ胸部鎧はイストファの「斬ってから刺す」というパターンを防いでしまうだろう。


「逃げる、か……?」


 イストファは、ゴブリンマジシャンに突き刺さったままの自分のナイフを見る。

 ゴブリンマジシャンから手に入るはずの報酬を見逃すのも、ナイフを此処に置いていくのも嫌だ。

 けれど、命には代えられない。

 しかし……逃がしてくれるだろうか、と。イストファは短剣を構えながらゴブリンファイターを睨みつける。


「無理、かな」


 逃がしてくれる気がしない。

 目の前でギギギと唸るゴブリンファイターは、イストファが背を向けた瞬間にその背をバッサリと切り裂くだろう。

 しかし、勝てるビジョンが全く浮かばない。どうすれば勝てるのか、イストファには全く分からない。

 まさか腕や肩を犠牲にするわけにもいかない。腕にも肩にも替えなど無いのだ。

 硬革鎧の肩アーマーもつけてはいるが、あの斧相手にもつかどうかも分からない。

 

 ……それでも、やるしかない。

 なんとか避けて、なんとか鎧の護ってない場所を斬り勝つしかない。

 そう考え、イストファが踏み出そうとした矢先。

 

「おい」


 背後から、先程の少年の声が響く。


「お前の剣。破損してるみたいだが……アレを斬れるんだな?」

「斬れなきゃ死ぬだけだと思いますよ?」


 そう答えれば、背後の少年は面白そうに笑う。


「くくっ、確かにその通りだ。よし、俺が手伝う。目隠しにしかならんが、炎の魔法を放つ。その隙になんとかしろ」

「……信じても?」

「巻き込んだのは悪いと思ってる。いいか、いくぞ?」


 イストファの背後から杖が突き出され、少年が呪文を唱え始める。


「フレイム!」


 ゴウ、と。放たれた炎がゴブリンファイターの顔面に命中し、悲鳴のような声をあげる。

 その炎は少年の言う通り、ゴブリンファイターに焦げ跡1つつけてはいなかったが……思わず顔を覆っていたゴブリンファイターの視界を塞ぎ、尚且つ隙を作る程度の効果はあった。

 ゴブリンファイターがそれに気づいた時。

 それは、すでにイストファに胸部鎧に守られていない腹を裂かれた直後であった。

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