これを、壊せばいいんだよね

 そして、次の日。イストファとステラはダンジョンの入り口の前に立っていた。


「じゃ、行ってらっしゃい。無事の帰りを願ってるわ」

「はい、行ってきます!」

 

 宣言通り、ステラがイストファと一緒にダンジョンに潜る事はない。

 手を振るステラに見送られ、イストファはダンジョンの階段を降りていく。


 そうして辿り着いた第一階層「目隠しの草原」は今日も良く晴れた見通しの良い草原であるように見える。

 しかし、イストファはもう知っている。

 この長閑で雄大な光景はただの見せかけで、その実は何処かにいるモンスターの姿が覆い隠されている凶悪な場所なのだ。

 それを知っているからこそ、イストファは油断する事はない。

 剣先の切られたままの短剣を抜き放ち、イストファはチラリとその刀身に視線を落とす。


 フリートはゴブリンを倒して魔石を砕けば直ると言っていた。

 しかし、逆に言えばそれまでは「斬る」事は出来ても「刺す」事は出来ない。

 おまけに貰ったナイフを使えば刺すことは出来るが、どの程度戦闘で通用するかは疑問だろう。

 そして、それはしっかりと自覚しておかなければならない事だ。

 いざという時に「刺す」つもりで動けば、それが決定的な隙になるかもしれない。


「……よし、大丈夫。行こう!」


 自分の中で「今の自分に出来る事」を整理すると、イストファは歩き出す。

 気負わず、急がず、着実に。

 そうして歩いていると、突然目の前に棍棒を振りかぶるゴブリンの姿が現れる。


「ギイイイイイ!」

「うわっ!?」


 振り下ろされる棍棒をイストファはすんでのところで回避し、ほぼ無意識のうちに短剣をゴブリンの伸ばされた腕に向けて振るう。


「ギャッ!?」


 腕を斬られたゴブリンは棍棒を取り落とし、庇うように腕をひっこめる。

 しかし、そんな動作に意味がない事は考えるまでもない。

 戦うのであれば棍棒を拾うべきだったし、逃げるのであれば身を翻すべきだった。

 そして、どちらも選ばなかったゴブリンは……大きく開いた身体に、イストファの更なる追撃を受ける事になる。


 縦一閃。大きく踏み込み、深々とイストファは斬り込む。

 すでにゴブリンとの戦いも数度目。ゴブリンスカウトとの戦いも経た今、「ただのゴブリン」に対する恐怖はほとんど消えた。

 着込んだ革鎧も、勇気の一助となったのだろうか?

 とにかく……イストファの一閃は、ゴブリンを切り裂いて。更にもう一閃。

 それでも止まらない。

 ゴブリンはずる賢い。ステラの教えてくれた知識が、イストファに妥協を許さない。


「ギ、ガアアアアア!」


 叫んでイストファを掴もうとしてくるゴブリンを見て、イストファは「やはり」と思う。

 油断はしない。油断は出来ない。そんなものが出来る程、自分は強くない。

 だから、すでにイストファのもう片方の手には鋼鉄のナイフが握られている。

 衝動のままにナイフを繰り出し、ゴブリンへと深々と突き刺す。

 そして、それで終わり。

 ゴブリンは大地にその身体を投げ出し、草むらの上をバウンドする。


「ふー……」


 吐き出す息、一つ。

 最初よりはずっと戦えるようになったと、イストファは思う。

 でも、まだまだ弱い。一流冒険者など、程遠い。

 そんな事を考えながら、イストファはゴブリンの近くに膝をつきナイフで魔石を取り出す。


「これを、壊せばいいんだよね……」


 ゴブリンの魔石を壊せば、稼ぎはゼロだ。

 しかし、いつまでも短剣をこのままにしておくわけにもいかない。

 意を決すると、イストファは地面に置いたゴブリンの魔石に短剣を振り下ろす。

 

 パキン、と。思ったよりも軽い手応えと共に魔石は消滅し、イストファの短剣へと光の粒のような何かが吸い込まれていく。

 短い時間でその現象は終わり……イストファは、短剣の先をまじまじと眺める。


「……多少は直った、のかな?」


 元々剣先を切られた程度ではあったが、その切られた剣先が少し元に戻っているような、そうでもないような……そんな気がした。

 しかし、繰り返していれば直るのだろう。

 あるいは、ひょっとすると……あのゴブリンスカウトのような強いモンスターを倒せば、ひょっとすると。

 そう考えて、イストファはブルブルと首を横に振る。


「ダメだダメだ、変なこと考えちゃ。堅実に行かないと」


 そう呟いた、矢先。


「うおおおっ!?」


 イストファの側に、何もない場所から突然現れた何者かが転がり出てくる。

 いや、違う。「見えない場所」から「見える範囲」にやってきたのだ。

 イストファは反射的に短剣を構え、その何者かを素早く観察する。


 髪は、よく整えられた短い赤髪。

 身に纏うのは高級そうな黒いローブで、手に持っている金属製の杖も高そうな宝石が嵌っている。

 そんな高そうな装備を草塗れにしながら転がってきた……恐らくはイストファと同年代くらいに見える少年は、その場でガバリと体を起こす。


「そ、その恰好……同業か!?」

「え? えーと……」


 驚くくらいに整った顔つきの少年は、後ろを振り返り叫ぶ。


「説明している暇はない……手伝え!」

「え、手伝えって。え?」

「チッ……伏せろ馬鹿!」


 そうして、何もない場所に突然大人の手の平大の火球が現れる。

 投石と同程度の速さで襲い来るソレを……イストファは、大きく身体を動かし回避する。


「これは……魔法!?」

「ファイアの魔法だ! ここまで言えば分かるだろう、来るぞ!」

「いや……分からないけど。え!?」


 まさかまた盗賊が。

 そう考えてしまったイストファの前に現れたのは……一匹の、杖を持ち鹿の頭蓋骨のような何かを被った、不可思議な格好のゴブリンであった。

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