筋肉の分厚い奴に打撃技は効きにくい
「なんだ。あんまりショックじゃない感じだな?」
「え?」
「いや。もう少し落ち込むかと思ったんだが」
「あー……まあ、うん」
そう、少し前なら落ち込んでいただろう。
でも今はそうではない。
「確かに魔法使えそうにないのはショックといえばショックなんだけどさ」
「おう」
「代わりに身体能力は人より成長するかもって言われてるし……別にいいかなって思う」
「ふーん? そうか」
頷くカイル。否定するわけでもなく意見を言うわけでもなく。
「まあ、それはそれで強くなりそうだしな。いい事ばかりじゃないが」
「そうなの?」
「ああ。勿論悪い事ばかりでもないぞ。ま、弱点としちゃ魔法にとことん弱いってくらいだな」
そんなカイルの言葉に、イストファは思わず立ち止まって振り返る。
「……今、なんて?」
「あ? お前の師匠から聞いてないのか?」
「いや、聞いてないけど」
「そうか。まあ、今すぐ必要な知識でもないしな」
うんうん、と頷くカイルに近づき、イストファはその肩を掴む。
物凄く聞き捨てならない言葉を聞いてしまった以上、勝手に納得されても困るのだ。
「いいから、教えてくれる?」
「お、おう」
やけに積極的なイストファの手から逃れると、カイルはこほんと咳払いを一つ。
「つまりだな、筋肉の分厚い奴に打撃技は効きにくいだろ? 魔法も同じなんだ。魔力の高い奴に魔法は効きにくい。といっても精神に作用する魔法の系統限定で、物理的に作用する魔法に関しては『ないよりはマシ』程度だ」
この辺りは肉体を鍛えてても関節技が痛いのと同じだな、と説明するカイルにイストファは「うーん……」と唸る。
「つまり……魔法は関節技ってこと……?」
「ぶん殴るぞお前。俺の話全く理解してないな?」
「そんな事言われても」
「うるせー、お前は魔法に人より弱いって覚えとけばいいんだ。ほれ行くぞ」
「ちょ、ちょっとカイル」
カイルに杖で突かれたイストファは仕方なく前へと再び歩き出す。
人より魔法に弱い。それは致命的な弱点である気がして、どうしても気になってしまう。
「ねえ、カイル。それをどうにかする方法ってないの?」
「あったら魔法士は意味ねーだろ」
「いや、そりゃそうだけど」
「……まあ、完全に無いってわけでもねえけどな」
「あるの!?」
「うおっ!?」
勢いよく振り向くイストファにカイルは驚いたように一歩引き「ミ、ミスリルだよ」と答える。
「ミスリル?」
「おう。聖銀とも呼ばれるけどな。魔力を含む聖なる金属……それ自体が魔法に対する抵抗力があると言われてる。しかも軽くて硬く、常に一定の温度を保つとも言われてる」
「おおー……」
「つまり、通常の鍛冶の手法では加工できず特殊な設備と技術が必要になるわけだが」
「うん」
「とんでもなく高くなる。外の職人が加工したミスリルの鎧なんて、1億イエンあっても足りるか分かんねえぞ」
その言葉に、イストファはクラリとするような想いになる。
1億イエン。1万イエン金貨が何枚必要なのだろう。
100枚? 1000枚?
遠く及ばない世界だ。それでも足りないだなんて、信じられなかった。
「だが安心しろイストファ。ダンジョンの中でならミスリルの鎧も見つかる。デザインもサイズも選べねえが、そうやって見つけて着ている冒険者だっているんだ」
「ふむふむ」
「まあ、1階層ウロウロしてるうちは無理だけどな」
「それもそうか」
ハハッと笑うイストファだが……やがて近づいてきた岩壁に「あっ」と声をあげる。
「そろそろだね」
「だな。此処が当たりならいいんだが」
視界「外」の状況は見えないが、階層の端である岩壁自体は近づけば見えるようになっている。
「でもこれ、どうなってるんだろう。さっきまでは見えなかったよね?」
「俺に聞くな。だがまあ、嫌がらせと救いの両方なのかもな」
「両方?」
「ああ。階層に入ってすぐは岩壁が見える事で『すぐに戻ってこれる』と油断する。適当に走り回ると岩壁が見えなくなって迷い、やがて岩壁が見える事で安心するってわけだ」
「ん……んん?」
カイルの言ってることが分からずにイストファは首を傾げてしまう。
「えっと……つまり、どういうこと?」
「灯台と一緒だよ。見える事で安心する目印ってわけだ」
「ごめん。まず灯台って何?」
「あー、もう! 帰ったら教えてやるから一々振り向くんじゃねえ!」
カイルに怒られたイストファは仕方なしに再び前を向いて歩く。
結局灯台が何なのかは分からないが……分かる事はある。
それはつまり、もうすぐこのダンジョンの「端」の1つに辿り着くということ。
「出口かな?」
「さあな……」
歩いて、歩いて。出口ならばいいと願って。
そうして、確かに「この階層からの出口」は其処に在った。
突然目の前に現れた、巨大な洞窟のような穴。
上り階段ではなく、下り階段。
そう、そして。
「うわあっ!?」
斧を振り上げた、全身を鎧兜で固め立派な盾を持ったゴブリンの姿。
危ないところで回避したイストファを素早く軌道を変えた斧が襲い、イストファはその前にバックステップで後ろに下がる。
「ど、どどど……どういうこと!?」
「どうもこうもねえ! 言ったろ嫌がらせと救いの両方だって! 出口だと喜んで近づいた奴をズバンってことだろうな……フレイム!」
カイルの杖から放出された炎を鎧兜のゴブリン……ゴブリンガードはバックステップで避け……やがて何かに気付いたかのようにギヒッと笑う。
「あー、やっぱりやべえ。あいつ、俺のフレイムが見掛け倒しって気付いてやがる」
「え。ど、どうするの!?」
「知るか! それより聞け! アイツの武具は全部鉄製だ!」
「うん、つまり!?」
「なんとかしろ!」
そんな無茶な、とイストファは叫びそうになる。
「……逃げた方がいいんじゃない?」
「出来るか? 各階層のボスは、通常のモンスターよりも機敏だって話なんだが」
「でも、次の階層への入り口を守ってるボスなんでしょ? だったら」
油断なくゴブリンガードを睨み剣を構えながら叫ぶイストファに、カイルは「ぬ……」と唸る。
「やってみる価値はある……か?」
「よし、それなら……!」
「ああ、逃げるぞ!」
合図と共に走り出す二人の後ろからゴブリンガードの怒りの声が響く。
けれど、やはり追ってはこない。
逃げて、逃げて。
今日二度目の逃亡の先。
イストファの肩アーマーに刺さった矢が、その足を止めさせた。
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