第35話 二人の容姿と初代たち
ファミレス料理激変事件から数ヵ月が経った。二人は一緒に世界線をあの店内で越えたのか、それともどちらか一方が移動したのか?それにしては二人同時に注文した料理とは違う品が出て来た。やはり同時に移動したのか?
行動を共にした方が良いのか悪いのか?と、頭を悩ませたが結論は出なかった。
二人はその後、注意深く周囲やSNS上の変化が有るのかを探した。
が、これと言って些細な変化も見つけられなかった。
綾人はあのファミレスが、その店限定で始めたメニューなのではないか、もう一度一緒に行ってみようと莉花を誘ったが、怖いから絶対行きたくない、と断られたのであった。また、ひとりで行かれて移動でもされたら怖いから、綾人にも行って欲しくないと願った。
「あれから変化があった?」
綾人はネット上でもリアル世界でも変わりはないらしい、と言って、普段と変わらない生活を送っていたが、莉花は新しく始めた居酒屋のバイトに神経をすり減らしていた。
何故かと言うと、何かの伝達ミスが従業員やパート、バイトたちにそれぞれ回って来なかったとする。もしかしたら、自分ひとりだけ世界線を移動して来たかもしれないので知らないのか、あるいは上から下ろされる伝達の途中で行き違いが生じた問題であるのかが不明だからである。
疑心暗鬼になっていた。莉花は、少しの間綾人と離れた方がいいのではないか?と影響を受けたりすることを恐れるのだった。
……もし、これが初代たちだったら……?どうするだろう。莉花は初代かりんが、自分のことについて、美人でも可愛い部類でもないと自己申告していたと聞いた。
ある意味、そこは同じなのかな……。
「莉花?何かあったの?」
……初代AYAはどんな人だったのかな……。
「莉花……?大丈夫か?」
……この人だったから、良かったのかな……。違う人だったら、こうやって呼び捨てにされて嫌な感じになってたかも……?
ボーッとしていると、大学のキャンパスにある中庭のベンチで座っていた綾人は、莉花の額に手を当てて、「ん?平熱が分からないけど、そんなに熱くないかな?」と、自分の額と比べて呟いた。
……この人がAYAで良かったのかな……。
そう思うと、知らない男の子と知り合ったばかりなのに、こんなに急に自分の過去や現在の全てを晒してしまうなんて。と思った途端、急に恥ずかしさがこみ上げて来た。
おでこに手を当てられて、ハッ、と気付くと、まるで茹で蛸のようにカーッと顔が真っ赤になってしまった。
「え、何、どうした、莉花?」
「綾が……AYAで良かった……」
真っ赤になった顔から手を引いた綾人は、つられて赤面してしまう。
心臓の鼓動が早くなる。
「え、えっと……俺も、そうかも。莉花がかりんで良かった……と思う」
二人が「かりん」「AYA」ではなくて、全くの初対面だったらどうなっていただろうか?
二人はお互いに同じことを考えていた。これは自分の好意なのか、それとも初代たちの想いの残像であるのか、はっきり分からなかった。
決してイケメンとは言えないAYA。身長だってそんなに高くはないし、ちょっと筋肉質でがっしり体型だけれど、格好いい、とまではお世辞でも言えないと思う。でも、でも、この人と一緒にいると、何故かホッと出来る。安心する。安心するけど……このドキドキは、真逆なドキドキである。莉花はそういう種類の感情に気付いた。
綾人は、この隣に座っている女の子が、もし「かりん」でなかったとしたら、どんな出逢い方をしただろう。
莉花はお世辞にも美人とは言えない。ぽっちゃりめな体型だし、好みの子か、と聞かれたら、そんなストライクゾーンには入ってこないと言えると思う。……思うのだが、このぷっくりしたほっぺでニッコリ笑顔を向けられると、可愛いな。なんだかほっこりするな。安心感?安定感?嬉しさがこみ上げる。一緒に居るのが当たり前な感覚となっている。
時々はドキドキすることがあるけど、この今のドキドキ感は、以前のそれとは違うよな……。
二人が赤面しながら見つめ合っていると、周囲の音がまるで無音状態になったかの如く静かになった。
……静か過ぎる。どのくらい二人は顔を赤らめて見つめ合っていたらだろうか?
周囲の音が全て消えた感覚に、二人が普通でないのでは、と周囲を見渡した。
ゆっくりと、周りの景色が揺らいでいた。まるで二人の心が揺らいでいるかのように。呼応しているかの如く、景色全体が蜃気楼のように揺らいでいた。
「あ、綾……」
「うん、莉花」
二人は恐る恐る、どちらかともなく手を繋いだ。赤面がいつしか消え去り、真顔で周囲を見渡した時、ゆっくりと今までの背景と中庭の木々から生まれる静かな風の音、小鳥たちのさえずりが戻って来た。
最後に周囲にチラホラ見えた学生や職員らしき人影が視界に戻った。
夏が近付いていた。暖かかった陽射しが熱く感じられる。
二人は手を繋ぎながら、周囲が元に戻った後も無言でそのままじっと動けずにいた。
二人が一緒にいる時にこんなことが起きるということは、何かがあるのかもしれない.。
お互いの影響かもしれない。
ひとりだけでも起きる現象かもしれない。
繋いだ手が震えていた。
まるで離してはいけないとばかりに。しっかりと握りしめ、しっかりと握り返した。
お互いが「かりん」「AYA」を抜きにして、お互いを意識した瞬間であった。
もう初代たちの残像や思念はずっと遠くに去ってしまった。
ここにいる二人は「莉花」と「綾人」なのだ。
その想いが繋いだ手から流れて来るような、不思議な感情が二人の間で芽生えていた。
この手を離してはならない、と。
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