第16話 初代たち⑥

 綾人AYAは、高卒で就職した姉と同じように就職するものだと思っていた。

 父親は中卒で、社会人になってから夜間高校へ四年間通い卒業したそうだ。

 母親とはそんな会話をする前に別れてしまったので、父にはなんとなく聞きそびれていて、学歴は分からない。

 勉強熱心な教育ママではなかったことは確かであるが。

 母は、離婚して数年後に病死した。もしかしたら、本人は病を抱えていたのを知っていて、離婚したのかもしれないな、と綾人は成長するにつれてそう思うようになった。

 それを決定付けたのは、綾人が高校に入学した日のことであった。

 父が夕飯の最中に、綾人に塾へ通いたいか?と聞いてきた。

 自分は就職するつもりだから行かなくていい、と答えた時、二年前に相次いで他界した母方の祖父母から、別れた妻から預かっていた物を、三人の子供たちの真ん中の子が高校生になった時に渡して欲しいと頼まれたと言う。

 中身は大金ではなかったが、三人にそれぞれまとまった金額の本人名義の通帳が渡された。

 母が亡くなった後は祖父母が足していたらしく、母が亡くなった後の記帳が物語っていた。

 長女には成人式、長男には高校入学、次女には中学入学と、多少は期間がずれるが、母として残して来た子供達に最期の餞として渡して欲しいと祖父母は話していたと言う。

 これを受験勉強の助けとして使うならば塾へ通うか?と父に問われ、姉が大学受験を諦めて就職したことに引け目を感じていた綾人は、姉が「大学にどうしても行きたいのなら、どんな環境であろうと私は行く。通信教育もある。でも、私はそこまでして進学したいとは思わない。自分でしっかりと、どうしたいのかを綾人が決めなさい。自分の人生なんだから」

 との言葉に、それなりに考えて、大学受験と進学塾への入校を決めたのであった。

 妹は、その姉や兄を見て、自分の人生を考えるようになった。高校入学をゴールに設定せず、その幾つかの先を見据えたのだった。


 「でもなあ……イマイチ照準が定まらないんだよなあ……」

 様々な情報を目にして、目移りや欲張りの心が湧き上がって来る。自分の能力、実力を棚に上げて、想像の世界の中で迷っていた。

 つまり、非現実的であったのだ。

 高三の春になり、SNSで綾人AYA と同じ受験生たちと絡むようになると、ホッと一息をついたり、逆に我が身と比べて焦りを覚えてみたり、だんだん良い刺激を受けることになった。

 その中で、と出逢った。かりんもまた、悩める受験生であった。




 『かりんも来週の日曜日にオープンキャンパスに行くんだ?』

 先日、二人が参加するオープンキャンパスが同日に開催されることが分かっていた。

 『そうなの。先ずは体験してみようと思って』

 『自分は志望校を絞る為なんだけど、かりんはが第一志望なの?』

 綾人AYAは、リア友たちが参加見送りとなったので、少しでも情報が欲しいと思っていた。同時開催であっても、大学が異なれば状況も違って来るだろう。

 『うーん。悩み中なの。第一志望にすべきか、他を視野に入れるか決める為の参加かなあ』

 『事前申し込みは必要?自分とこは現地にいきなり行って受付で身分証明書提示でOKみたいなんだよね』

 『え、私の行くとこと同じだね。指定場所に開始30分前までに行けばいいらしいの』

 『へー。大学のオープンキャンパスってどこも一緒なのかな。全く同じだよ』


 そこへ、ミイミが口を挟む。

 『ねーねー、もしかして、かりんとAYAが行くところ、同じ学校なんじゃない?』 

 『えっ?』

 『ええっ!』 

 二人は同時に固まった。

 『おいおい、ちょっとお二人さーん?冗談真に受けないでよん』

 少しして、かりんが戻って来た。

 『ね、AYA、会場そこ、都内?』

 『ううん。違う。都内にもキャンパスあるけど、自分が参加するのは別のところ』

 『ひょっとして、駅から近くない?』

 『あー、そうかも。徒歩十分圏内だから』

 『えっえっ?私冗談のつもりだったんだけど?マジそうなの?』


 『いやあ?駅からそう遠くないキャンパスは結構あるでしょ。それよりかりんの集合時間は何時?』

 『九時半集合で、十時始まり』

 『同じく!てことは、どこ駅とか鉄道沿線とかに言及したら、学校名分かっちゃうねー、うん』

 『ええっ?まさか、AYAが参加するところって……?』

 『えっマジ!もしかして、同じ学校?かりんとAYAも教えちゃいなよ。どこ大学?』

 『え……まだ内緒』

 『自分もさ、もしかしたら第一志望になるかもだから、同じくナイショ』

 『え~ケチ。発表しとけばやる気出るかもしれないじゃん』


 ミイミが冗談半分で、二人がオープンキャンパスに参加する大学が同じかもしれないと言ったのに対して、かりんとAYAは本当にそうなのでは、とふと思ったのであった。


 『かりん……あのさ、こっちでなくて、DMでなら教えっこ、する?』

 『……え?DMで?』

『そう。自分はそれなら言ってもいいかな、と。同じかもしれないし、違うかもしれないけど』

 『え~私見れないじゃん~』

 ミイミは自分が話を振っておきながら、その先を知り得ないとつまらなそうに呟いた。

 『……う。そうだね……。そっちなら、いいかなあ』

 『よし、じゃ、自分はDMに行って書き込みしてくるよ!』

 『あ、うん、わかった!』


 『おお~!いいね!同じだったらいいね!』

 『もし、同じ大学だったらそれだけでもこっちで発表するね』

 『わかった~!待ってるね!』

 AYAとかりんはそれぞれDMの画面に移動した。 

 

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