第33話 世界線移動疑惑

 時は前後して、サークルの新歓コンパがあった日から二週間後のことである。

 

 莉花と綾人は出逢った当初はお互いに平行世界パラレルワールドを移動しないように注意深く行動していた。

 そして、引き続き相手を観察しながら自分の周囲が変化をもたらしてはいないかと、緊張状態が続いていた。


 「俺たち、大丈夫そうだと思わないか?あんなにびっくり仰天する奇跡が起きたのに、自分らは移動しなかった。記憶もお互い齟齬や行き違いが無い。安定したかな」

 「うん……去年の今頃だったら、二週間を待たずに何かが変わってた……今はセーフ、かな?」

 綾人は高校卒業直後からバイトを見つけて、大学へ入学した後も同じ場所で続けていた。そこは毎週水曜日が定休日な為、土日は関係なくバイトが入っていた。

 莉花は、講義やサークル活動に慣れて、生活が落ち着いてからバイトを探そうと考えていた。

 そんな話をSNSで毎晩話しながら、現在と別の世界線にいた初代たちとの相違点を見いだしたりしていた。

 お互いの講義が入っていない時は、朝からネットに繫いで少しでも時間があれば会話を楽しんでいた。


 ある日、突然講義が休講になり、莉花は綾人にランチを学食で食べようとメールを送った。

 綾人から返って来た言葉は、今日はバイトに早く入らなくてはならないから昼休みが受講する教科の準備に追われる為、残念だけど無理だ、という内容であった。

 ……あれ?今日は定休日なのに、臨時に営業してる?それとも、バイト先を変えた?それとも増やした……?

 莉花がメールで問うと、綾人は「今までと同じだけど?」と返事を寄越した。

 莉花はギクリとして、いてもたってもいられなくなり、咄嗟に綾人へ電話をかけた。

 「綾……?忙しいところなのにごめんなさい。あの、私が聞いた話だと、毎水曜がバイトの休みだと聞いたのだけど……。変わってないの?」

 「え……ちょ、っと待った。情報の行き違いかな?まさか……どちらかが

 綾人が言うには、バイト先は産業廃棄物を扱う業者で、主に医療産廃の収集を午後に行い、木曜日は医療機関が一日若しくは午後を休診と設定している為に、毎木曜が(綾人のバイトのみ)休みになっているとのことであった。土日は診療を行っている医療機関のみを回っているという。


 「……そうなんだ……。私の聞き間違いだったのかな……。忙しい時にごめんなさい。バイト頑張ってね」

 「いや……まだ分からないよ。もしかしたら、とこれまでの経験がそう思わせる。今晩またあっちで話そう。早めに行くから」


 莉花と綾人は、精神的に不安定な時期に世界線移動が激しかった為、なんとかして回避策を考えようと結論づけた。


 『なんかさ、暗号みたいなのがあるといいよな?二人だけに通じる

 『……暗号?』

 『符牒って言うヤツ?山、川とか?あ、合言葉か?』

 『ああ、合言葉ね!二人だけしか通じない言葉ね!なるほど』

 『それを決めておけばさ、どっちかが時、すぐ分かるだろ?あ、合言葉が通じない。移動したな、って』

 『そうだね。あと、今日思ったんだけど……もし……良かったら、お互いのスケジュールを把握しておかない?プライベートに踏み込んじゃうかもだから……嫌だったらやめるけど……』

 『スケジュールか!かりん、俺は構わないよ。そうだよな。把握していたスケジュールが違えば、連絡ミスか移動したかのどちらか一方だし。暗号と合わせてダブルチェックが可能になるかな?』 

 『二段階認証みたいね』 

 『よし、来週までに考えよう。スケジュールを全部かりんに教えるから、かりんのも教えてくれ!』

 『やばい。なんかドキドキしてきちゃった』

 『ダメだ、冷静に。平穏無事に暮らして行きたいだろ?あまり感情を揺さぶられると危ない気がする』

 『フォーカスしても危ないよね……。合言葉ね……うーん。スパイ映画みたいね』

 『逆に緊張感がなさそうだな、かりん』

 『えっ?そんなことないよ?AYA が神経質なんじゃないの?』

 『そうかな?まあ、兄貴の悪影響が酷かったから、疑心暗鬼がまだ頭の片隅にあるのかもな』

 『あ、新情報だね。お兄さんの影響が大きかったの?』

 『完全に悪影響だ。都市伝説系は結構すり込まれた気がする。まさか自分がに翻弄される日がやって来るとは夢にも思わなかったなあ……これから先、どうすればいいんだろう』

 『うん……まだ18歳なのに……これからの人生って……長いよね。多分きっと。この先、いつ跳ぶか分からないから、安心して行動とか出来なくて……だから落ち着くまでは、バイトも探せなくって』

 『大丈夫、なんとかなるよ。現に俺は続けられてるよ?なんとかなる、って思えばなんとかなるんじゃないかな』

 『……そう、だね……そうかも』


 そうして二人が決めた合言葉は、「日常生活でお互いを呼び捨てにする」であった。

 SNSでは「かりん」「AYA」と呼び合っていると、自然とリアル世界でもついつい、そのまま呼んでしまいそうになる。

 そこで、「莉花」「綾」を合言葉にして、もしお互いの呼び方が異なる場合はに変わっている、と推測しよう、となったのである。

 互いのスケジュールも手帳に記入して把握し、変更した場合はSNSやメールで連絡を取る。

 そんなことを知り合ってから二週間くらいで行ったので、周囲はだんだん「あの二人は付き合っているに違いない」と誤解を生じるようになった。


 当人たちには全くは無かった。


 これは後々の笑い話になっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る