第11話 初代たち①

 中村莉花なかむらりかは、高校三年生。祖母、両親と四人家族で、一人娘である。

 高2の秋に、社会人の従姉妹と彼女の出身大学の学祭に行ったことがきっかけとなり、そこも志望校の一つに加わった。

 学力は未だに発展途上である。自分では、伸びしろがまだ残っていると信じているが、塾の講師や担任教師からは、夏までには確定出来るだけの力をつけなければ難しいと言われている。


 「あら、莉花、まだ起きてたの。いい加減にもう寝なさいよ」

 母親が、ドアをいきなり開けて覗きこむ。鍵を掛けたことはないし、ノックもして貰えない。莉花はあまり気にしていないからだ。

 「ママこそ。早く寝たら?明日は早出なんでしょう?」

 「もうひと眠りしたのよ。お祖母ちゃんのトイレに付き合った帰りなの」

 「え、もうそんな時間?」

 「そうよ、だから早く休みなさい」

 「はーい。おやすみなさい」

 「おやすみ。まだ冷えるから、温かくして寝なさいよ」

 「はーい」

 両親と莉花は二階で寝ているが、七十代の祖母は一階の自室にいる。この頃は夜中にトイレに起きるらしく、母親は時々階下に下りて祖母の様子を見る時がある。

 四月とはいえ、夜中は少しばかり肌寒い。パジャマの上に羽織ったカーディガンを脱ぐと、ひやりとした空気が漂う。

 「うっ、まだ寒い。まだ寝られないしなあ」

 椅子にかけてある薄めのショールを肩にかけて、ベッドに潜り込み、テーブルライトを点けた。ぼんやりと手元だけ照らされて、手元にはナイトモードの画面のスマホが握られている。

 進級したと同時に、とあるSNSに登録して、毎晩のように勉強を終えた後の楽しみとしてそのネット上の世界へ訪れていた。

 これから始まる受験生としての息抜きや愚痴のはけ口として利用出来たらいいと思っていたが、受験生としてのアカウントだとプロフィールに明記すると、それを見た同じ受験生たちがちらほらと莉花の呟きに反応を示して、お互いの情報交換や趣味の話題にと、仲間が少しずつ増えていった。

 ひと月を待たずに毎晩の楽しみな就寝前の儀式となっていた。


 『やっと本日のノルマが終わったー!』

 そう書き込むと、相互フォロワーたちが一人二人とイイね、とマークを押して反応を与える。

 『まだ起きてたんだ。お疲れ~!』

 いつも最初にリプをくれる《AYA》だ。

 『AYAだって起きてたじゃない!お疲れー!』

 『かりんは今からこっち?眠れないの?』

 とは、莉花がネット上で使用しているユーザーネームである。フォロワーたちの本名などの詳細は知らない。分かっているのは、莉花かりんとやり取りをして絡んでいる彼らの殆どが同じ受験生だということだけであった。

 『うーん。まだ眠れない。もう少ししたら寝る。AYAは?』

『自分は明日の準備が終わったとこ。あとさー、進路調査票出さなきゃなんないから、今書くか学校行ってからにするか悩み中』

 『ああ……ウチもそろそろかな。この間三者面談が終わったから……来週中には出すようみたい』

 『今晩は~!捗りましてん?』

 ミイミと名乗っている仲間が入って来た。莉花はミイミを『ミーちゃん』と呼んでいる。

 『今晩は、ミーちゃん!』

 『かりん、今日遅くない?夜更かしかな』

 『そうなんだよね。時間見てなかったの。ママに言われて寝るところ』

 『ミイミは早いね。捗りましてん?』

 『AYAには負けそうだけどね。捗りましたわ。おかげさまで~』

 いつものたわいない会話をしていると、違うフォロワーたちもタイムラインに載せて呟きを流して来る。

 自分ひとりではない。そう思えるだけで気が休まるのだった。学校のクラスメイトやリア友とはまた違った距離感の同朋たちだ。

 

 それぞれの学校のこと。進学塾のこと。まだ在籍中の部活動のこと……完全なプライベートな話題に盛り上がる受験生たち。顔も本名も知らないネット上での会話。

 莉花は一人っ子なので、余計にリア友やフォロワーたちと語らうことが楽しみである。

 しかし、リア友とはこちらのサイトでは絡むことをしていない。彼女らとは違ったツールで遊んでいた。


 『え、自分はミイミよりも進んでんの?へー知らんかった』

 『だってさあ、うちとこはまだ進路調査票なんて言われてないよ。つい最近進級したばかりじゃんか。ついでに三者面談なんて話も出てないなあ』

 『そうなんだ?ウチの学校はもう殆ど終わったの。はーひとつ済んだから良かったー。あれ?調査票の方が後なんだ。ウチ』

 『自分のとこは調査票見ながら面談だよ。普通そうじゃない?』

 『うちとこはそんな話なんか聞いてない。そっかーもう少ししたらゴールデンウィークが来ちゃうよね。来月かなあ』


 『かりんはもう第一志望校を絞った?』 

 AYAが付いて欲しくはない話題に水を向ける。

 『そういうAYAは?絞れたの?』

 『おっとー疑問形返し乙ー』

 『ねえ、ミーちゃんは?』

 『おおっと~こちらも余波ですか~まだだよ~ん。てかさあ、専門か短大か決められないなあ』

 『私は五月になったらオープンキャンパスに行ってみたいな、って思ってるの。一応そっちを第一志望にしておこうかな。進路調査票に書く時。短大はスケジュールが忙しいみたいね。ぎゅっと凝縮されてるって聞いたよ。そうだ、面談の時に、ご両親とよく相談してから記入して、って言われたんだった』

 『ふーん。そうなんだ。私は後四年も勉強したくないからさあ、ハードでも二年が限界よ~』

 『オープンキャンパス?自分も行こうかな、って思ってるよ』

 『AYAも?良かった。リア友には参加する仲間がいないの。しない子もいるし……もし私よりも早く終わったら、色々教えてほしいな』

 『いいよ。かりんのスケジュールが決まったら教えて?』

 『うん。有難う!』

 

 この《オープンキャンパス》が、この会話が、その後の彼らを含むの人生に影響を及ぼすことになるとは、まだ誰も知る由がなかった。

 世界はひとつであって、ひとつではない。

 本人もひとりであって、ひとりではなかった。

 まだ彼らは「世界に自分という人間は自分だけ」と思うで生きていた。


 

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