第10話 交わらない世界線
中村莉花(かりん)と松崎綾人(AYA)は、五月下旬に志望する同じ大学のオープンキャンパスへ別々に参加をした。
その数日後に、SNSでそれぞれのフォロワーたちに『かりん』、『AYA』と一緒に参加をしたのかと問われて、お互いのユーザーネームを初めて知ったのである。
二人のフォロワーの内、明らかに平行世界を移動して来たと思われる者がいた。
彼らは皆、それぞれの移動する前の世界線では、『かりん』と『AYA』はネット上では出逢っていたと言う。
跳んで来たこちらの世界線では、お互いの存在が分からない。検索をかけても、互いにヒットせずに勿論フォロワーたちの中にも存在しなかった。
多感な高校三年生のこの時期に、衝撃的な事実を告げられた莉花と綾人。
将来を考え始めた二人が、学校やリアル世界の友人たちや家族、ネット上のフォロワーたちに至るまで、少しずつズレた平行世界が存在するなどとは全く信じられない話であった。
フォロワーの中の数名がSNSだけでなくリアル世界でも『マンデラエフェクト』と呼ばれる現象を語っていた。
彼らの実生活において、家族や友人たちの持つ趣味が別のものに変わっていたり、利き手が逆転しているとか、記憶が全く違っていたケースもあった。食の好みが異なるとか、昔付いた体の傷痕が綺麗になくなっていたり、道路の標識や看板、駅の構内ががらりと様変わりしているが新しくはなく、昔からこれでした、と言わんばかりの古ぼけた内装外装に、彼らは事あるごとに頭を抱えているらしかった。長い夢でも集団で見ているのでは?と考えたこともあった。
初めてネット上で互いのユーザーネームを知ってからは、莉花と綾人もリアル世界でフォロワーたちと同じような現象が少しずつ起き始めた。
彼らは受験生である。教科書や問題集、参考書を日常生活の中ではこれまでよりも長い時間を割いて親しむものになっていた。
最初は地理に異変を感じた。
次は、歴史だった。
記憶の中のそれと、紙媒体の内容が異なっていた。
彼らは確かめる為にネットを使って調べ始めた。
紙媒体と同内容の情報が載っていた。
SNSでそれらを話題にし始めた頃には、夏休みに入っていた。
そして、莉花と綾人もマンデラーだったと決定付ける事態が生じた。
フォロワーたちが少しずつ、別の同じフォロワーに変わっていた。
以前のように、フォロワーがこちらの世界線へやって来たばかりではなくて、彼らの世界線へ跳んで行ったのであった。
微妙に世界の全てが異なる情報で埋め尽くされている。
受験生である彼らにとって、大問題な出来事であった。
『世界線によって常識や試験問題が大幅に変わってしまう』
もはやSNS上では、フォロワーたちは殆どがマンデラーに絞られてしまった。
話が噛み合わなくとも、互いに理解可能な彼らなのである。受験生として、マンデラーとして、様々な情報のやり取りをする内に、だんだん曖昧な世界の情報に、少しばかり耐性が付いて来たのであろう。
『どの問題が出ても、世界線毎に答えが異なっている。どのような世界線があって、地理や歴史が違うのか、世界線別に異なる箇所が判るか、みんなで情報を集めてみよう』と、地理や歴史を中心に、幾つかまとめては参考にしていた。芸能人や著名人の姓名も微妙に異なるのだ。非常に紛らわしかった。
欲を言えば、受験時の世界線が固定されていればいいのだが、そこは運と思いの力だと結論が出た。
そうこうする間も、彼らはリアル世界でもネット上でも平行世界、パラレルワールドを移動し続けた。
もはやフォロワーたちは誰が何処の世界線だったかも分からなくなるくらいに混沌としていた。
しかし『かりん』と『AYA』は、いつまで経ってもフォロワーたちの中にもお互いが存在していなかった。
また、移動して来た彼らの中では二人が出逢っていたことや、存在すら知らない世界線の彼らに変わっていて、いつしか『かりん』と『AYA』は『初代たち』と呼ばれて、半ば都市伝説と化した。
初代たちは別々な世界線へと跳んで行き、分岐を重ねて行った。
マンデラーの中には移動前と移動後の二重(あるいは多重)の記憶を持つ《記憶統合》タイプと、幾度移動しようとも、マンデラエフェクトを知る以前の記憶のままを保ちながら記憶を重ねる《原始世界線固定》タイプに大まかに分けられた。
原始世界線とは、《マンデラエフェクト》を知らなかった時に存在していた移動前の世界線のことを指す。
記憶を統合しない為に分岐に分岐を重ねて、SNSでは分岐した数だけ本人が増殖しパラレルワールドを往き来しているフォロワーたちにあちらこちらで異なる本人を目撃されて、話の辻褄が合わない事態が発生するため『いい加減に記憶を統合してください』と言われる。
当の本人の意識では、分岐した平行世界を生きる別の自分は他人と同義語である。過去の記憶が異なる点で他人らしい。
異なる記憶があるとすれば、肉体を乗っ取られてしまった時だとの認識があるらしい。
このらしいとは、記憶統合を無意識なのか意識的に拒否しているのかが個人で異なる為に、断定が難しい。
莉花と綾人は、両者ともに移動後の(移動先の)記憶を統合しない原始世界線固定タイプである。
もし、記憶統合タイプだったとしたら、お互いに移動した本人たちの記憶の中にお互いの情報が残っていたかもしれない。
受験が近づくにつれて、彼らは自然にSNSから遠ざかって行った。
全ての世界線での『本人たち』の合格を祈って、マンデラーの彼らは『自分が今存在する』世界線での受験を迎えた。
二重に試験を受ける、試されているといった感覚を持ちながら。
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