第14話 初代たち④

 松崎綾人まつざきあやとは高校三年生。父、姉、妹の四人家族である。

 三歳上の姉、久美子くみこ、二歳下の妹、奈緖美なおみに挟まれた長男は、いささか肩身が狭いと感じている。

 母親は小三の頃に離別し、その数年後に病死している。

 父親は男手ひとつで三人を育ててくれたが、彼の妹が助けてくれたことが随分と大きい。

 綾人は長男であるものの、上下を女性に挟まれた結果、母親の不在もあってか、姉が母親代わり、自分は長女の代わり、妹が次女であり末っ子、という妙な役回りで成り立っていた。

 父親はそのままである。

 お陰で綾人は公私ともに女性の扱いにおいては皆姉妹のような感覚で接してしまい、リアル世界でもネット上でも男女の枠組みが取り払われて不思議な立ち位置にいた。

 

 「兄貴ー、パパのタブレット貸してー」

 受験生としてさて、勉強でもするか、とリビングで寛ぎながら暗記物の小冊子を広げると、妹の奈緖美がやって来た。

 「何で俺が持ってるって?」

 「あれ?だってパパがそう言ったんだもんよ。兄貴しかいないじゃん。お姉はパソコン持ってるし。兄貴はまだ自分のないでしょー?」

 高校生になってから、妹は綾人を「お兄ちゃん」から「兄貴」と呼び方を変え、同じく姉も「お姉ちゃん」から「お姉」になっていた。なんとなく、生意気な感じだと思っているが敢えて口には出さない。小うるさいからだ。

 「俺か?そっか、最近は使ってないから返すの忘れてた。俺の部屋の本棚の横にあるから、持って行ってくれよ」 

 「なあにぃ?勝手に入っていいのぉ?」

 「なんで。いいよ。物色さえしなければな」

 「別にそんなことしないけどぉ……見られちゃマズい物が目に付くとこにないでしょーね?」

 全く生意気になったヤツだ、と思うが、敢えて、堪えて口にはしない。

 「……そんな物は無い。(目に付く場所には置かないからだ)」

 「ふぅん。じゃ、借りてくるね。履歴は消してあるよね?」

 逐一小うるさいヤツだ、と顔面で応え、口には出さない。

 「アホか。履歴なんか消してない。てか、見られちゃマズい物を見てないし」

 「ふぅん……あ、そ」

 くるっと踵を返すと奈緖美は綾人の部屋に向かった。

 ……多分、マズい物は検索をかけてないだろう、と少しばかり心配になった綾人だった。


 綾人は一年の夏休みから塾に通い始めた。高卒で就職した姉が大学進学を勧めてくれたからだ。

 どうせ受けるのならば、滑り止めを何校も受けるような受験はせずに、的を絞って確実に狙え、と言われて、本心は大学進学をしたかったであろう姉の気持ちを汲んで、なんとか志望校を早めに絞り込んで対策を立てねば、と考えている。

 「でもなあ……イマイチ絞りきれないんだよなあ……」

 父親は残業が多く、定時で帰ることは少ない。姉は定時上がりだが、仕事帰りにカルチャースクールへ週三回通っており、妹と二人で食事をすることはザラにある。

 綾人が夕方近くに塾に行き、帰りは十時近くなって帰る日は姉は早く帰るようにしている。

 綾人の塾通いは少なくて週二だ。バイトをしようと思ったが、それよりは家事を分担してくれと姉に言われたので、小遣い稼ぎ代わりに家事を手伝うことにした。姉の機嫌が良い時は、本物の小遣いを貰えるのだ。

 本来ならば、家事を分担して小遣いを貰える身分ではない。当たり前のことをやっているだけだ。が、綾人がそれをしなければ、全てが妹ひとりに押し付けられてしまう。

 姉は自分や家族のことを考えて就職を選び、綾人に家事を手伝わせて幾らかの金銭を与え、妹の負担を減らして尚且つ自らの負担を少なめにして貰おうと狙っていた。

 父はゴミ捨て専門にしておいた。

 妹は塾には通っておらず、大学よりは専門学校への進学を望んでいる。バイトも長期の休みには行うつもりで、部活動もあまり熱心にはならないものを選んでいる最中だという。

 四月も半ば近くになって、それぞれの生活パターンが定着を見せ始めた頃、綾人はいつも遊んでいるSNSで運命的な出逢いをした。


 その子は綾人と同じ高三で、大学進学を希望していた。ユーザーネームを「かりん」と名乗っていた。

 綾人は周囲からいつも呼ばれている「AYA 」を名乗っていた。リア友も幾人かはフォロワーにいたが、彼等はあまり絡むことなく、違うツールでやり取りをしていた。綾人は気恥ずかしいことも手伝ってか、本人が男だと悟られないように「自分」と自分のことをそう称していた。

 学校では男女関係なく、どちらかと言うと女子も姉や妹のように接して異性を全く意識せず、であったのだが、ネット上では幾分気恥ずかしい綾人だったのだ。

 初恋はあったような無かったような微妙なものであった。

 そんなあやふやなものならば、違うかもしれないと頭の片隅で感じている。

 ネットを通じて、いつも気になる存在が現れるまでは、何とも言えない甘酸っぱい気持ちになるなどと、思いも寄らなかった。

 この気持ちは何なのだろう?と、毎晩のように彼女の訪れをネットで待ちながら、自分の気持ちを持て余していた。

 

 『本日のノルマが終わった~!やっと~!』


 彼女の第一声は、毎度同じ勉強の進捗状況を挨拶代わりにすることと決まっていた。

 綾人は待ってました!とばかりに、毎回一番先にリプを返すのであった。

 他の誰にも譲りたくはなかった。

 

 


 

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