第38話 つぼんぬが覚えていたこと
季節は移り変わり、先輩方が無事卒業し、莉花と綾人は進級した。
先輩方の卒業を期に、二人は超常現象研究会を退会した。
進級する前に、卒業したつぼんぬ姉君から連絡が入り、卒業旅行の前に妹に逢ってくれないだろうか、と二人に打診があった。彼女の精神世界が小康状態を保ち、様子を見ながら初代たちの思い出話から現世界線のかりんとAYAが後輩にいたこと、二人が妹に逢ってみたいと話していること、今までのことを全てつぼんぬに話したという。
彼女は泣いて喜んで、心配していたショック症状や、フラッシュバック、精神世界の崩壊は防げた、という。そして二人にどうしても逢って話したいことがあるので、絶対に逢わせて欲しいと懇願されたそうだ。
急いで日程を調整して、二人は春休み中につぼんぬ宅を訪れた。
「はあーい、良くいらっしゃいました!
つぼんぬの上の姉君の、
……なんでこの人がお局?と、綾人は思った。
「こんにちは、初めまして。えっと、自分は松崎綾人です。で、こっちが」
「中村莉花です。初めまして」
自己紹介をしていると、玄関に先輩とつぼんぬらしき女性がやって来た。
「わあ、いらっしゃい!かりんにAYA!さっ上がって上がって!ね、この子が妹のつぼんぬこと真弓です!」
「待って!あたしがまだ名乗ってないわよ!初めまして。私が経理の局の紗弓と申します。ヨロシクね!」
「は、はい、よろしくお願いします」
二人は紗弓のパワーに圧倒された。
リビングに通されて、改めて三姉妹と紹介しあった。
「本当に……本当に、かりんとAYAなの……?まだ信じられない……」
「初代たちとは違うけどね。つぼんぬやみんなが俺たちの話をあちこちでしてくれたお陰で、俺たちが奇跡的に出逢えたんだよ。有難う」
「私からも御礼を言わせて。これまでのこと、今日のこと……本当に有難う!まさかつぼんぬ本人にリアルで逢えるなんて……」
「……かりん……本当にAYAを知らなかったかりんなんだね……?」
「うん……うん。AYAのこと、教えて貰ったかりんだよ!」
「こちらこそ有難う……。かりん、AYA……逢いたかった……逢えるものなら逢いたいと思ってたの……まだ信じら、られな、……」
「つぼんぬ……っ!」
「かりん~!」
ひしっ、と二人は抱き合って、ぼろぼろと涙を流して言葉を失った。
傍らで見ていた姉二人も、目頭を熱くしている。
綾人はこれまでの出来事をしみじみと感慨深く思い出していた。高校三年生の五月下旬から始まった、人生の激動期。こんな若さでこんな仕打ちのようなマンデラエフェクト、パラレルワールドの移動。
嬉しいこともあったが、その影で沢山の痛みを伴う出来事も沢山あった。
「……つぼんぬ、って、川口真弓って名前だったんだ……」
姉たちが淹れてくれた紅茶とケーキを頂きながら、莉花は三姉妹を順に見て「美人三姉妹なんだね」と感想を述べた。
「おかしいね。初めて逢ったのに、初めてじゃない感じ。ずっと前から二人のこと知っていたみたい。本当にAYAは男の子だったし。噂通りだったのね」
「噂話?俺、なんか性別不詳だったんだって?」
「うん……実は私、両方のAYAと逢っているのよね……。私も最初はAYAは女の子だと思ってたの」
「えっ!私の知っているつぼんぬは、AYAがいない、って言っていたつぼんぬだったけど……。初代しか知らないんじゃなかったの?」
「かりんとAYAは、移動した世界線の『本体』の記憶は受け継がれないタイプなのね……いいなあ……」
「本体の記憶を受け継ぐ……?」
つぼんぬは、表情を変えずにとつとつと話し出した。
「マンデラエフェクト、パラレルワールド移動は同じ現象か別物か諸説がある……体が移動か、精神体の移動か、はたまた目の前の世界が変わるのかも……マンデラーの中でも意見は割れるのだけど」
「ああ、それはマンデラーたちの間でネットでも物議を醸し出してたな」
「そうね。私は移動先の体が違っていたから、精神体移動だと思っているの」
「……精神体……」
莉花には思い当たるフシがあった。クセが違うとか、大好物がいきなり変わるとか、利き手が異なるとかがそれに当たった。
「私ね、結構移動が激しかった。移動先の世界線違いの私の過去と、移動する前の記憶が重なって二重三重の記憶が並行して継続するの……」
「なんだって!?重なる!?」
「そう……それは跳べば跳んだ数だけ増えて行くの……恐怖だった……」
「……つぼんぬ……大変だったのね……」
「お陰であちこちの記憶が錯綜して、完全あたおか……特別入院措置決定よ……」
「……真弓」
静かに話を聞いていた姉たちが、妹を心配して声を掛ける。
「大丈夫、有難うお姉ちゃんたち……やっとこの日が来たんだもの。私が私を確立したいの。だから全部話したい」
「……気持ちは分からないでもないけど。無理は禁物だからね」
「うん。有難う。無理だと思ったらサインが出るから分かる」
「ちょっと真弓、サインが出てからじゃ遅いのよ?」
「分かってるって」
サインとはいきなり始まる過呼吸であった。
「沢山の
「つぼんぬ……」
「大丈夫。こうやって、リアルの世界と向き合う気持ち……希望が持てたのは、かりんとAYAのお陰なの」
「へ?俺たちが?」
「そう。初代たちも、違うかりんとAYAも、どこかの世界線で逢えるといいな、ってフォロワーのみんなで話してたの。私が初代たちのスクショをお姉ちゃんたちに見せて、駅名がお姉ちゃんの大学の近くだったから、まさか同じ大学じゃないよね、って……そんなこと有り得えないよね、って。でも、もし世界線違いの二人のどちらかでも逢えたら奇跡だよね、って。本当に、奇跡って起きるんだ……」
二人の姉たちは静かにうんうん、と首を縦に振り続けた。
つぼんぬは、やがて跳び続けた先の自分の記憶と合流した記憶を整理するために発狂状態になったと告白した。全ては自分を守るためだったと。
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