第37話 つぼんぬの姉君
「……は?それ、誰ですか……?」
ようやく綾人がとぼけた質問をした。
莉花は綾人の顔も先輩の顔も見ることが出来ない。ただ、目の前のテーブルにある空の器や残された料理の皿、飲みかけの炭酸が抜けたようなビールのグラスを眺めているだけである。
「あら、この話を聞いて顔色を変えているのに、しらを切る気?」
「しら、って……先輩、だから、それは」
「私の妹はお二人と同い年なの……分かるわね?」
間違いない。つぼんぬのことである。
「なぜ……そう思うのですか……?」
莉花は、理由を聞きたいと思った。自分たちは、サークル活動中は意識して「かりん」や「AYA」の話題には触れないようにしていたし、超常現象についても、マンデラエフェクトにはあまり言及しなかったつもりであった。
「え?それ、聞いちゃう?話しちゃうわよ?」
莉花と綾人はコクり、と頷いた。
「最初、
またコクり、と頷く。
「確かその時、綾ちんがウチの大学の受験生だかオープンキャンパスの参加者だかの不思議な話をしたでしょう?」
「はい……ネットで読みました」
「それをさ、私は当事者たちを知っている妹から既に聞いて知ってたのよ。あなたたちじゃないのも知ってる。当事者たちが逢えなかった、それも聞いたし、駅の中やカレンダーが異なることをスクショにしてネットに挙げたことも知っているの。駅名が映り込んでいたでしょう?だから妹が私にその話をしたの。一番近い大学はここだから。もしかしたら、同じ大学の後輩の中に片割れが来るかもしれない、って話してたのよ」
「片割れ……?」 二人して同じ言葉に引かれた。
「そうよ。当事者たち、えっと、初代たち?って言ったかしら?あの人たちがいた世界線のコンビニと、ここのコンビニが違うから、もしかしたら、どちらか片方の当事者の世界線違いの人が現れるかもしれないし、居ないかもしれない。世界線が違えば志望校も変わるかもね、って、その頃のあの子と話しをしたの。まさか当事者たちの世界線違いの二人とも、この世界線にいたなんてね!その頃のあの子に話してあげたいわ!」
ビクッ、と莉花の肩が微かに震えた。
……その頃のあの子……?
「あ、ごめんなさい。妹は生きているわよ。安心して?」
「えっ!つぼんぬ、今どこにいるんですか?どこ大学?」
「あ、綾……」
「あ、ヤベ」
「ほら、やっぱり!あなたたちが世界線違いの『かりん』と『AYA』だったのね!あー!溜飲を下げられた!」
「えっ……じゃ、先輩は、いつから私たちのことをご存じだったのですか……?」
真横でやべー、やべーとブツブツ呟く綾人を横目に、莉花は話を続けた。
「えっと。最初の日に綾ちんが入会動機を話したでしょう?この大学の不思議な話として、自分たちの話を」
先輩に笑顔が戻った。
「はい……私もびっくりしました」
「そうよ!私も妹から聞いた話をそのまま綾ちんが話しているから質問攻めにしてやろうかと思ってたのに、莉花ちゃんが私よりももっと驚いた顔をしてるんだもの!あら、この子も知っているのね!ってピーン!と来たんだから!」
「えっ!俺の話の時、莉花はそんなに驚いてたんですか!」
「そうよ~。ね、莉花ちゃん?覚えているでしょう?それであなたは下を向いちゃうクセがあるのよね。嘘がつけないの。何かあると目の前よりも下を見つめてしまうの。気を付けてね」
真実を重ねて告げられて、言われた通りに俯いてしまう莉花を、綾人は手を肩に回して、心持ち抱き寄せた。莉花は静かに泣いていた。
「ごめんねぇ……話さずに卒業しようと思ってたんだけど、ねぇ……こんなミラクル、当事者たちに出逢えることなんてそうそうないでしょう?ま、あなたたちには沢山あるかもしれないけど」
「先輩、どこまで知ってるんですか?」
莉花は俯いたまま、綾人にもたれ掛かっている。
「どこまで、って……マンデラエフェクトが実際に現実問題としてあるとか、パラレルワールドがあるとか……それくらいだけど。あの日を境にお二人さんが急に親密になって行ったじゃない?付き合っているのかと聞いたらなんだか別次元の問題っぽい顔をしているし。莉花、綾、なんて呼び捨てになってるし。ん?名前?って思い付いたこともあるけど……」
莉花は顔を上げた。つぼんぬの姉の顔をじっ、と見つめた。涙がつぅっと頬を伝い、手でゴシゴシと拭う。
「何しろ、入会動機であるエピソードを掘り下げて調べようとしないんだもの。綾ちんが……新入生だけでも調べようとしないし。これは何かある、それか、もう既に見つかった?って思ったのと、莉花ちゃんが楽しそうに綾ちんと行動べったりなのが決定的だったかなあ?」
莉花が綾人から離れた。行動べったり、と言われて、急に恥ずかしくなったのだった。
……そんな風に見えるのかな……。
確かに、四六時中とまではいかなくても、いつも一緒にいた自覚はある。
「ね、先輩、それでつぼんぬは?今はどの大学に行ってるんですか?近い?俺たちSNSではお互いにつぼんぬと離れてしまったみたいなんですよね」
「つぼんぬと話したのは……彼女が夏に部活を引退して、そのあとの秋頃が最後だったかも、です……元気ですか?」
途端に彼女の顔から笑顔が消えた。
「……先輩……?」
「……妹は……一昨年から精神科の病院の入退院を繰り返しているの……軽い記憶障害も併発しているし、あの頃の話は全て覚えているかどうかも分からないの。もしかしたら、あの子もあなたたちのようなマンデラーなのかもしれない……」
「ち、違いますよ!記憶障害なんかじゃないです!マンデラーだったら、あるあるです!周囲と記憶が違うことなんてザラにあるし!な、莉花?」
うんうん、と首を何度も振って、先輩を見た。
「そうです!私たちだって、全くお互いを知らなかったのに、つぼんぬやフォロワーさんたちが覚えていてくれて……私たちに色々教えてくれて……だから……だから……私たちがこうして出逢うことが出来……っ、て……」
再び涙が頬を濡らすと、綾人がお手拭きを渡そうとした。
すると、斜め前方からさっきまで夢の中にいた会長がポケットティッシュを放り投げた。
「会長……!」
「……トイレ」
呆然としている莉花にポケットティッシュを投げた会長は、そのまま店のトイレにフラフラ歩きながら消えて行った。
「……やだ、会長いつから起きてたの!?」
副会長も莉花も綾人も会長は寝ているものばかりだと思っていたので、気が付かなかった。
因みにポケットティッシュは、副会長が自分の座席下に用意しておいた物である。
三人は、一瞬で空気を変えた会長に驚いたが、後で詳しい話をしましょう、と、この話題は、一旦お開きとなった。
翌日から、副会長は綾人から「姉君」と呼ばれる羽目になった。
会長は話を聞いていたのか否か、覚えているのか否か、どちらも追及しなかったので、真実は不明である。
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