第36話 この若さで考えて
莉花と綾人は、二人が一緒にいる時、同時に不思議な現象が起きることが少しずつ増えて行くということを自覚しつつあった。
そんな現象が後押しもした。
意識した後の二人は、いつしか恋人と呼ばれる間柄になっていた。
まだお互いが20歳になるかならないか。講義やレポート、試験にバイト、時折サークル活動を挟んで、無我夢中で現在の自分たちがやっていることは、未来にいる自分たちに向かって行くためのシミュレーションのように考えられた。
莉花も綾人も、このまま先も同じかもしれない?という気持ちが頭の片隅で見え隠れしていた。
不思議な現象が起きる気配も感じ取れるようになると、必ず二人は離れずに一緒に過ごす日々を選んだ。
サークル活動を続けていると、全く違う世界を垣間見ているようで、自分たちが異種なのか、この世界線が異様なのか、受け入れ難い感情が湧いて出る日々も少なくなかった。超常現象はもっと身近で起きているのだが、サークルではひと言も触れなかった。
「あーあ。私たちも卒業かあ……イマイチピンと来ないけれどね」
「大学の四年間が高校時代よりも短かったのは何故だ!何故なんだ!」
サークルの会長、副会長と共に常連となった居酒屋で、莉花と綾人は良く吞みに出掛けるようになった頃、先輩方は卒業論文を終えて,卒業を待ち、社会人としての出発を控える時期が来ていた。
莉花と綾人も二回生から三回生になる。氷河期と言われる世界へ向かって就活を行う準備をしなければならない。
「先輩に初めてお逢いした時、アナウンサーのかたかと思ったんですよ」
「あ、従姉妹にいるからね。局アナが。似てる、って言われるから、そう思ったんじゃない?」
「えっ?知らなかったです!」
「俺っちも知らなかったです!」
会長がおどけて焼酎の入ったグラスを傾けて、「有名人?どんくらい上?」とマイクのように口元へ持っていく。
「あ、そろそろ一時的に寿退社するかもだから、小っさくニュースが流れるかも?そこで分かるでしょうね」
「へぇ~ほぉ。覚えておこうぞ」
「記憶があれば、ね?」
「失敬な。俺はいつも記憶が……記憶が……アレ?俺は今日どんだけ吞んだ?その量では……?」
「あなた様の記憶保持可能な飲酒量は越えておりますの。だから話したんじゃないの」
二人のやり取りがまるで漫才のようだ、と綾人は思った。
「それ、俺らが聞いちゃってもいいんですか?会長はいいとして」
「なんだとぅ~!俺はいいのかぁ~!」
「はい、はい、水をそろそろ補給しましょうね会長」
副会長が焼酎のグラスを手元から外して、水が入ったコップを入れ替えるた。すると「お、おう」と言ってちびちびと水を飲み始めた。
いつものことながら、手際がいい。
「もうね、この辺まで来ればお酒か水か分からないのよねえ。早く抜けるらしいわよ」
と、こそっと呟く。
初めて見た時は目を疑ったが、会長は水をまるでアルコールを吞んでいるように水を美味しそうに飲んでいる。
「催眠術でもかけたんですか?」
「え?単なる自己催眠なんじゃないの?これでアルコールが早く抜けるんならいいわよね。不思議だけれど」
「先輩の従姉妹さんて、そんなに歳が離れてないですか?」
莉花が興味を示して話を向けると、副会長はニヤニヤ笑って話に乗ってきた。
「なあにぃ?珍しいじゃない?莉花ちゃんがゴシップに興味を持つなんて」
「え、ゴシップって……先輩の従姉妹さんじゃないですか」
「まあねえ。局アナになってそんなに経ってないから、目立った活躍もしていないし大したニュースにもならないかもだけど。27歳になるのかな。我が家にもアラサーの姉がいるんだけど、そっちよりもあっちが早くお相手を見つけちゃった。早く我が家のお局様も片付いて欲しいわ」
「お局様?」
眠そうな会長のグラスに水を注いでいた綾人が懐かしいワードに反応した。
「そうなの。笑えないけどね、会社で趣味のバレーボールチームに入っててさあ、メンバー全員がお局様らしいの。で、チーム名がその名も《お局シスターズ》よ?前に妹と一緒に練習試合の応援に行ったらねえ、信じられない光景を見ちゃって妹と唖然としたわ」
どこかで聞いたような話である。莉花と綾人は会長よりも早くアルコールが抜けてしまいそうになった。
「お局シスターズ……」
「そうよ~すっごい恥ずかしかったんだから。試合前に円陣組むでしょう?その時の掛け声が『お局ー!ファイッ!オー!ファイッ!オー!ファイッ!イェ~イ!』なんだから。最後のイェ~イは、家の意味で実家最高!って意味も兼ねているそうなの。全く馬鹿げてるでしょう?あら、やだわ退かないでくれる。私とは同じDNAは無いと思いたいんだから」
莉花と綾人は違う意味で退いていた。二人は顔を見合わせた。
……
つぼんぬには、もう一人の姉がいたのだった。確かお局と呼ばれる姉とは十歳離れていると聞いた。あの掛け声のエピソードも聞いた覚えがあった。だから、彼女は局の君と呼ばれ、通称がつぼんぬに変わり、いつしか本人がユーザーネームに設定した経緯も知っていたのだ。
眠そうな会長は既に夢の世界の住人となった。副会長は彼のジャケットをかけてあげると、驚きのあまり声の出ない二人に向き合う。
「ねえ……私さあ、お二人に一度訊いてみたいことがあったのよね……今ならいいかな……あとは卒業を待つだけだもんねえ……」
「な、何ですか、そんな改まって」
「うん、だから、姉の話をしたの。もしかしたら、あなたたち……『かりん』と『AYA』?」
三人のほろ酔いは一気に冷めた。
空気ががらりと変わったのだった。
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