第24話 初代たちのオープンキャンパス④

「莉花、起きなさい!学校に遅刻してもいいの?朝ご飯食べる時間がなくなっちゃうじゃないの!」

 えっ!朝!?遅刻!!!

 

 莉花は慌てて体を起こそうといつものように掛け布団をめくって、まだ眩暈がしていたことに気付く。

 ……あれ、なんか怠いかも?顔が熱い?

 額や頬に手を当てる。手はそんなに冷たくはないから、もう少し冷たいものなら気持ちがいいのに、と考えたところで、しっかりと目が覚めた。

 「どうしたの?早く支度しなさいよ。降りたらすぐにご飯食べてちょうだい。ママはお祖母ちゃんの支度で忙しいんだから。食べ終わったら食器は流しに置いておいてね。洗ってる時間なんかないでしょうから」

 いつもより忙しそうに急かされて、莉花は重い体を移動させた。


 キッチンへ入ると、祖母は既に食事を済ませたらしく、食後の薬を飲み終えたところだったようだ。

 「おはよう。お祖母ちゃん」

 「おはよう。お寝坊さん。よく眠れて良かったね」

 「寝過ぎて頭が重いけどね」

 大急ぎで顔を洗ってうがいをして歯を磨き、用意されていた食事に箸を付けて、莉花は違和感を感じた。

 ……このお味噌汁、塩辛くない?

祖母は糖尿病と腎臓病を患っている。娘である母は、食事に気を遣い塩分控えめな味噌汁を作って、中村家ではいつも薄味が定番である。

 「お祖母ちゃん、これ、飲んだの?」

そこへ母が通りかかり、「当たり前でしょ」と返事をした。祖母もコクン、と頷いた。

 「ええ?これ、お祖母ちゃんには塩辛過ぎない?腎臓に悪いんじゃないの?」

 祖母と母はニコニコ笑っていて、莉花が心配していることを喜んでいるのかと思ったが、しかしこの味では体に悪いはずである。すると、

 「何言ってるの、

 と、突拍子もない応えが返って来た。

 「ママこそ何言ってるのよ?お祖母ちゃんは糖尿病から腎臓が悪くなっちゃったから、減塩しなくちゃ、っていつも言ってて……」

 途中で口を閉ざしたのは、二人が怪訝そうな顔をしたからである。

 「莉花、まだ寝ぼけてるの?尿ま、血圧が高めだから塩分控えめなお食事は理想だけどねえ。薄味じゃ。あ、お祖母ちゃん、そろそろデイサービスの支度をしなくちゃ、莉花、食べ終わったら食器を……あら、どうしたの?」

 莉花はそのまま動けずにいた。

 ……お祖母ちゃんが糖尿病なんかじゃない……?腎臓も悪くない……?

 「デイサービス……?」

 「莉花は早く家を出るからあたしが出るところを見ないからね。月水金にデイサービスに行ってるんだよ。たくさんお友達が出来て楽しいよ」

 「月水金……」

 全く知らなかった。が、決して脳梗塞などではなかっただ。     

 毎日毎日続いた薄味のお味噌汁は最初の頃、パパとママでケンカをしていたことを覚えている。

 最終的にパパが会社の健診で血圧が高めだったから、ママがいい機会だから薄味に慣れましょう、って言ってパパが渋々折れたんだもの。


 「莉花?早く食べないと間に合いませんよ」

 夢を見ているのだろうか?頭にもやがかかっている。

 昨日の朝のAYAとのSNSでのやり取りも、も、続いている夢なのだろうか……?


 それにしては、やけにリアルな長い夢である。このお味噌汁はいつもの味ではない………。頭が熱く感じる。何だろう。夢の中で夢を見ているのだろうか?

 「ママ……私、今日は学校休む」

 「えっ?熱でもあるの?大丈夫?ママ今日はパートを休めないから……病院へも付き添えないけど……お昼はお粥でいい?今から作っておかなきゃ」

 「あ、大丈夫。熱っぽいだけだから。心配しないで」

 「初枝、あたしならデイサービスを休んでも構わないから、あたしが莉花の面倒を見ようか?」

 「何を言うの、お祖母ちゃん……気持ちは有り難いけど、お祖母ちゃんはデイに言ってちょうだい。そちらの方が大事よ」

 「有難うお祖母ちゃん、私は……大丈夫だから」

 母が救急箱から素早く体温計を取り出して、莉花に渡した。

 「莉花、お粥だけは作って行けそうだから、後は自分でなんとか出来る?」

 「ごめんなさい、ママ。私はご飯で大丈夫。お粥は作らなくていいよ。昨日の疲れが出たのかな……」

 ピピピッピピピッ、と音がして、莉花は体温計を見つめた。

 「……37度8分……」

 珍しい、と思った。平熱は低く、発熱時にはあまり37度台まではいかない。

 母が莉花からひょいと体温計を取って、信じられない言葉を吐く。


 「38。一日寝てればすぐ下がるわよ」

 「莉花、おとなしく寝てるんだよ。デイサービスで貰うおやつをお土産に持って来てあげようか?」

 「……気持ちだけ貰っとく……」

 莉花はもはや食事の味などどうでもよくなった。会話さえ、条件反射の受け答えになっている。

 この奇妙奇天烈な夢が早く終わらないかな、と、そればかり考えていた。


 自室へ戻り、ヤケにリアルな夢が長すぎることに嫌気が差して来た莉花は、ベッドに腰を下ろすとスマホを持って、リア友たちの遊び場のSNSを覗いた。案の定、沢山の通知が来ていた。

 『20通未読は最高記録だよね?莉花?どうかした?』

 夢なのに、リア友たちまでリアルだな、と、それぞれに返事を返し、夢の中でも違うSNSはどうなっているのかな?と、興味本位で朝からそちらへ繋げてみる。


 夢は、とてもショッキングな中身に変わっていた。

 フォロワーが半分近く変わっている。アイコンが違っている。

 そして、心臓が跳ね上がるくらい衝撃的であったことは、AYAがいない。フォロワーにも、フォロイーにも存在しない……。

 それに追い打ちをかけるような現象が起きていた。

 AYAと表でのやり取りはもちろん、DMでのやり取りの履歴ごと、きれいさっぱり消失していたのである。


 ……なんて酷い夢なんだろう……早く、早く夢から覚めて、オープンキャンパスへAYAと参加したいよ。


 AYAに逢ってみたいよ……。


 幾度となく眠りにつき、幾度となく目を覚まし、その都度SNSへと繋げてみても、長すぎるリアルな夢は一向に終わる気配はなかった。

 三日経ち、一週間近く経過しても、家族や同級生やSNSでの変わりようは、全く変化のないままであった。


 世界がこちら側であったのだ。

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