第41話 マンデラーの子供たち

 莉花と綾人は、二人の子供に恵まれた。始めはマンデラエフェクトや世界線移動を恐れていた二人であったが、子育てや仕事、家事にと目まぐるしく暮らしている内に、いつの間にかフォーカスすることも薄らぎ、目の前の生活に日々追われていた。

 兄夫婦には綾人たちよりも少し遅れて一人息子が生まれ、つぼんぬこと真弓は安定が通常運転になったようだ。


 時は更に流れ、莉花と綾人の長女、理真が高校へ入学する歳になった。


 「りーま、何見てんの?」

 「あ、尚斗おじちゃん」

 「尚斗お兄さん、だろう?」

 「うーん。無理があるかなあ」

 「なんだってぇ?」


 「パパ、理真ちゃん、お茶が入ったから冷めない内に飲んでちょうだい」

 「あ、有難う真弓おばちゃん」

 「有難うおばちゃん」

 「パパは要らないみたいね」

 「あっ、ウソウソ要りますお姉さん!」

 

 綾人の家に尚斗夫婦が遊びに来ていた.。理真の高校の入学祝いをするために。

 「あれ、理真ちゃんタブレットで何か観てるの?途中で止められる?」

 「あ、大丈夫。止められる!今行くね!」

 リビングに集まると、皆がソファーにぎゅうぎゅうに詰めて座っていた。

 「キッチンの方がよかったかな」

 「私がキッチンに行くね!今丁度面白いツリー読んでるから、そっちでお茶するよ!」

 「お姉ちゃんまたそんなの見てんの?都市伝説なんて大したことないじゃん?みんなウソっパチに決まってんじゃん」

 「うっさいな!これはすっごいリアルなの!動画サイトにだって検証動画が何本も出されているんだから!」

 自分のマグカップとお茶菓子を運びながら、タブレットをオンにして、続きのサイトを見ようと理真がテーブルについた。

 「そんなに面白いの?僕も見たい!そっち行っていい?」

 「いいけど~うるさくしないでよ」

 「分かってるって!じゃ、僕もあっち行くね!」

 真人は理真のタブレットを覗きこみながら、お茶を飲み始めた。


 「……都市伝説……?」

 大人四名は背筋に冷たいものを感じていた。 

 「え、なに、理真ちゃんはに興味があったの……?」

 真弓つぼんぬが小声で莉花かりんに囁いた。

 「初耳なんだけど……。パパ、知ってた?」

 綾人AYAは、知らなかった、と首を横に振る。

 尚斗はそんな三人を見て、「よし、じゃ俺が行って覗いて来るか」と、姪っ子と甥っ子にお菓子を一つずつひょいと掴んでキッチンへ移動した。

 「真人~理真~おじちゃんにも見せてミソ~」

 「昭和か!」と返されて、「あっそ、これ要らないみたいね」

「要るってばーっ」とお菓子が右往左往している。

 何気なくタブレットを覗いた尚斗の表情が無表情へと変わった。

 それを見ていた三人は、嫌な予感しか頭をよぎらない。


 しばらくして戻って来た尚斗が、小声でぼそっと妻たちに告げた。

 「やべーぞ。お前らが伝説になってるぞ」

 綾人、莉花、真弓は一斉に子供たちの方を見た。

 テーブルの上のタブレットに夢中になっている姉と弟。仲良きことは佳きかな?なんて言っている場合ではない。

 そのうちに、理真がタブレットを持ってリビングへやって来た。

 「ねえねえ、この動画に出てる大学って、パパとママが出たところでしょう?違う?あと真弓おばちゃんのお姉さんも!」

 再びギョッとする大人たちに切り込んで、タブレットをローテブルの上に置いた。

 音声が流れている。

 『こちらが、都市伝説のひとつとされている、異世界の入口であろうかと噂をされている駅構内です!こちらの駅員の立たれている改札口方面を写真撮影したのだと思われます!当時は駅員室が直結しており、あちら側に問題のカレンダーがかけられていた模様です!現在は改装されて、ホームの案内板はこちらからは見えません!さて、問題のカレンダーをアップしてみましょう!さあ、ご覧ください!どちらも同じ平成○年5月のカレンダーではありますが、おわかりになりますか?見えますでしょうか?片方のカレンダーには、日曜日が天皇誕生日と記入され、翌日が振替休日になっております!おわかり頂けますか!』

 大人たちの視線がタブレットに釘付けになっている。

 当事者ではないが、当事者の関係者、といったところであろうか。

 「……これのどこが都市伝説なの……」

 絞り出したような声で莉花が尋ねる。

 理真は水を得た魚の如く目を爛々と光らせて、話したくて聞いてもらいたくてウズウズしている。

 あ、間違った応答だった……。

 莉花は後悔した。

 「あのね、これは検証動画なの!都市伝説ではね、ネットを通じて知り合った高校生が、希望する大学の下見だか学祭に一緒に行こう!って約束するんだけどね、片方が異世界に入り込んじゃって、迷ってしまうんだって!でもね、二人は無事に入学出来て、そのあと大学で逢えたの!凄いでしょう!当時のツリーのアーカイブにね、異世界の駅員室のスクショとかが残ってたの!」

 「へ、へえ……そりゃ凄いね……」

 「でね、二人は無事に出逢えて、恋人同士になって、最後は結婚したんだって!ロマンチックでしょ~!でね、その大学が、もしかしたらパパとママの出身校かもしれないの!モザイクかかってるけど、この校舎の感じはそうじゃないかなあ!」

 「あ、そうかしら?よく分からないわよ」

 誤魔化して、忘れて欲しいと願う莉花だった。

 尚斗は「惜しいな~異世界でなくて、パラレルワールドなんだよな~それから下見や学祭じゃないんだよな~オープンキャンパスなんだよ?でな、まだまだその続きがあってだな~……めでたく結婚して、生まれたのがお前らなんだよ~!って今すぐここで言ったらどうなる?ダメ?」と視線を真弓に送った。

 妻は、そんな尚斗の心はお見通しなので、「ダメに決まっているでしょう?」の冷たい視線を返した。

 綾人は「さすがは俺たちの娘だ!」と、一人で浮かれていた。

 マンデラーの恋人たちは、心安まる暇がなさそうな夫婦になった。

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