第40話 将来と近未来
莉花と綾人は春休みにつぼんぬから大量な情報を渡された感覚であった。
それは暖かいメッセージであったり、注意喚起の伝言であったり、これから先の人生の道しるべとなる大きな宝物を受け取った気持ちであった。
「……凄いもの、貰っちゃったね……たくさん御礼を言っても言い足りないね」
「人と人の縁とか出逢いってさあ、分からないもんだよなあ……まさかまさかのまさか、が来るなんてな」
「私の一番の宝物、気付かせて貰っちゃった」
「お。奇遇だな。俺もだ」
「本当?……お金なんて言わないよね?」
「そーゆーことを先に言っちゃうのがかりんだよなあ」
「……莉花だし」
「いやあ、そこはかりんでしょう」
「え?何か違うの?え、どこ?もしかして、跳んだ?」
「ばーっか。莉花はこれを受け取れるけど、かりんは絶対受け取れないんだぞ。違うだろう?ネットの中しかいないんだからな」
「……え」
そう言うと、ジーンズのポケットから小さな四角いケースを取り出して、莉花の目の前で開けて見せる。
「えっ……綾……」
綾人は大きく息を吸い込んだ。
「莉花さ、この先、俺がこの先、世界線を越えて、過去の記憶が全く別人になってしまって、莉花との思い出の共有が出来なくなる日が来るかもしれない……来ないかもしれない……けど、それでも、ずっと俺と一緒にいてくれる……?その気持ち、持ってる?覚悟……ある?」
莉花は目を見開いた。
「……持ってる!……ある!」
それだけ言うと、いきなり綾人に飛びつく勢いで抱きついた。
「……よし、じゃ、これを嵌めてやろう」
そう言って、莉花の薬指に小さな石が付いた金属製の細い輪をくぐらせた。
「……エラそーに……」
涙声で応じると、綾人は真っ赤な顔をしていた。泣きたいのを我慢する時の顔である。
「……偉いよ。俺、莉花が同じように世界線を跳んじゃって別人みたいになっちゃっても、莉花を受け止めるし、莉花から離れないし、それから、それから……ずっと愛してるし。偉いだろ?」
「……うん。私だって同じくらい偉いもん……」
「じゃ、世界一偉い夫婦になろう。あ、でも今すぐじゃないんだぞ?俺たちこれから就職して働かなきゃならないから」
「……分かってるって。綾、お金ないもんね」
「……よくご存じで」
「だって、これ」
「……これ以上の物を買えるように働くよ」
「……うん。私だって働くよ!」
「これからどんな世界線に行っても、絶対綾と離れない。離れたくない!」
「俺だって同じだ!」
「有難う、あやぁ~!」
莉花は初めて綾人と逢った日に、彼がAYAだと知った時のように、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「初めて莉花に逢った日のこと、思い出したよ……ぶっさいくな泣き顔」
「うるっさいよ……」
泣き泣き反論すると、綾人は莉花の耳元で囁いた。
「こんな顔を他のヤツには見せるなよ……」
「……綾」
「ぶっさいくだからな」
「バカ」
こうして、莉花と綾人は将来の覚悟を決めて婚約をした。
結婚に至る道のりも、決して平坦ではなかった。
氷河期と評される就職難の時代が到来した。
やっとのことで就職が出来ても新卒は2、3年で辞めてしまう者が台頭し始めた。
就職して三年を過ぎた頃、やっと二人は落ち着いた生活環境になり、丁度綾人が転勤辞令が出たところで新生活を始めようと、式を挙げて入籍をした。
新生活を始めた頃、もし将来子供が生まれて、その子がマンデラーであったらどうするのか?
また、二人の内どちらかが世界線を越えた時、記憶の統合が出来ない二人に育てられる子供は大丈夫だろうか?
不安材料は多岐に渡る。それをどうやったらカバー出来るのか?
二人は真剣に考えた。
「フォーカスしちゃったら、そんな世界線に向かって行っちゃうって。つぼんぬが言ってたよ」
「……ああ、
「あっ、そうそうお義姉さんて言わなくちゃね。ついクセでつぼんぬが出ちゃう」
つぼんぬは、綾人の兄の尚斗の妻に収まっていた。
昔から不思議大好きな兄だった。莉花と綾人の馴れ初めやそれまでの経緯が勘の良い尚斗に分かってしまい、その流れでつぼんぬにまで影響し、かいつまんだ過去話(特に綾人の世界線違いの彼ら)に目を輝かせて聞き入る尚斗に安心感が芽生えてしまったようだ。
お義姉さんかあ……綾人は複雑な気持ちでつぼんぬをそう呼ぶのであった。
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