第29話 綾人はAYA!?
大将が最初に話した通り、終電前に会はお開きになった。先輩方は二次会に繰り出す派と帰宅派に分かれた。
「中村さんは、こんな遅い時間になって大丈夫なの?」
副会長である川口先輩が時計を見ながら心配した。既に十一時を過ぎている。
「はい、駅に着いて家に連絡すれば、父が迎えに来てくれますから」
「え、地元民なの?」
「地元民……なんですか?○○駅からそんなに遠くないんです。五つくらいで着きます」
○○駅は、初代たちが待ち合わせた駅である。
会場である居酒屋は、大学とは反対方向であり、多少距離があった。
「あれ、中村さん……だっけ、○○駅なら俺も同じだから、一緒にタクシーで行く?」
莉花はドキッとして、その声の方へと振り向いた。さっきの話をした彼だ。
「……えっ?」
その時、綾人のスマホが振動して、ブブッと音がした。
「もしもし」
通話相手の大きな声が漏れ聞こえる。
『あやー!明日の夕方暇?忙しい?さっきからかけてんのに出ないんだもんよー!』
綾人は『ちょっと失礼』と話しながら少し離れた場所へと移動した。
松崎くんは《あや》って呼ばれてるんだ……綾人だからかな。
ハタ、と電話中の綾人に目が行ってしまう。
《あや》?……まさか、《AYA》?
そんなまさか、と考えて、でも、彼はどこからあの話を聞いたのだろう。フォロワーさんのフォロワーさんからだんだん話が広がっていたのかな、と莉花は思った。
莉花本人もフォロワーから世界線違いの自分の情報を教えて貰ったからである。
いつしか、居酒屋の店の前からは帰りを心配してくれた先輩や賑やかだった団体たちが去っていき、静かになっていた。
「中村さん、ごめんね。今、タクシーを呼んだから、ちょっとこの辺で待っていよう」
「え、早い。有難うございます」
「タメ口でいいよ。同級なんだし」
「あ、はい」
話莉花は綾人がどこであの話を知ったのか、そればかりを気にしていた。
「あの、松崎くん……」
「ん?何?」
「松崎くんは、あや、って呼ばれてるんだね……」
思わず口走ってしまう。
「ごめんなさい、聞こえちゃったから」
綾人は笑いながら、いいよ、と応える。
「本名は綾人なんだけど、俺は昔から家族や友達から《あや》って呼ばれているんだ。だからネットでもそれ使ってるし」
ドキン、ドキン、と莉花の心臓の音が手に取るように聞こえる。
まさか、偶然……?
早いタクシーの到着に、莉花は次の問いが口に出来なかった。
料金を折半しようとすると、綾人はこれから先に同じことがあったら、ワンメーターくらいならばおあいこにしよう、と提案した。しっかり次は払って頂く、と。
二人で納得して車を降りると、あのコンビニが目に止まった。
初代たちが違う店名だとスクショを貼り付け合ったコンビニである。
莉花だけでなく、綾人もコンビニの方を向いていた。
……入るのかな?と思った次の瞬間、莉花は綾人が泣きそうな顔をしているのに気付いて、再びドキッとした。
……コンビニ?ここも違っていたんだよね……。
ハッ、と、ある考えが頭を掠める。
……どうしてこの大学だと知っているの……?
確かフォロワーさんたちは大学名までは聞いていない、って……。
ここを最寄り駅にする大学は複数存在する。一番近くは莉花の大学であるが、ハッキリしていないはずだ。
「あの、松崎くん……」
さっきの話なんだけど、と続けられない。本当はもっと詳しく聞きたい。
もしかしたら、松崎くんは初代たちの志望校を誰かから聞いて、知っている世界線の人かもしれない。ここは、そういう世界線かもしれない……?
綾人の目が、心待ち潤んでいるように見えた。
「あ、ごめん。ぼーっとしちゃって……ここがあの駅かと思うと、なんかしんみりしちゃってさ……」
莉花も同じことを思っていた。毎日この改札を通る度、初代たちがどんな思いでこの場所をスクショにしてSNSへ挙げたのだろう、と。
世界線の異なる、自分であって自分ではない……自分たちが。
「中村さんは不思議な話とかに興味がある、って言ってたよね」
「……うん……」
綾人は時計を気にしながら、電光掲示板の時刻表を見上げた。最終電車まではあと30分くらいである。
「俺もそうなんだけど……あのさ、中村さんは、平行世界って、信じる?」
「え……平行世界?さっきの話のこと……?駅の中とかコンビニが違っていたこと?」
言ってから、莉花はしまった!口を滑らせた!と思った。
案の定、綾人はびっくりした顔をして莉花を見ている。
綾人はコンビニとは一度も口に出していなかったからである。
「……中村さんも知ってたの?俺、さっきはコンビニの話はしなかったけど……」
知っているも何も、世界線違いの自分が当事者なのである。もちろん、自分は赤の他人(フォロワーたち)から教えて貰った話ではあるのだが。
「うん……あの、松崎くんはその話を誰から聞いたの?どこで知ったの?」
「え、どこで、って……ネットだけど。SNSだよ。《呟きの箱》だけど……」
「本当?私もそこで教えて貰ったの!」
「教えて貰った?誰から?」
「え、跳んできたフォロワーさんから……」
険しい表情の綾人に見つめられて、莉花はあっさりと白状してしまった。
「跳んできた!?フォロワーが?まさか、中村さん……マンデラーなのか?」
フォロワーたちがAYAもかりんもフォロワーの数名は、全てマンデラエフェクトを体験している『マンデラー』だと話していた。
「そう……みたいなの。詳しくは知らないけど」
もしかしたら、この人は初代たちの詳細を知っているのかもしれない。
莉花は勢いで、言葉を繋げる。
「……もしかして、AYAを……」
知っているのか、と言おうとすると、どんどん変わって行く表情から、まさか、この人が……?と疑問に感じて行く。
「もしかして……あなたがAYA……?」
莉花の声が震えていた。
綾人は両目を見開いて、莉花を見つめ続けるのであった。
二人とも、次の言葉をしばらくは口に出来ずにいた。
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