第3話 かりん(松崎莉花、旧姓中村)高校三年生
高校生になって、莉花は初めて夏休みにバイトをした。それはスマホを購入する為の資金にしたい一心からだった。
貯めておいたお年玉の中からの一部と、高校の入学祝い金は両親に渡されて自分の元には来なかったが、それを見越した親戚や年上の社会人のいとこがお小遣いと称して数千円程度を莉花に直接くれたので、それらをかき集めると、まあまあの機種が購入可能な金額になったのであった。
同級生たちは、高校入学と同時に従来の携帯電話からスマホに乗り換えており、仲間外れ的な心境にいたたまれなくなっていた。
それを母親に話すと、「もう莉花も高校生だからいいかな?」と、許可してくれるのかと思いきや、なんと彼女は高校入学時に支払った費用の全ての明細と、これから掛かるであろう費用の積み立て金や大学へ進学した際のおおよその授業料と四年間の生活費(主に交通費や居住費)をメモした紙切れを娘に見せたのであった。
けして裕福ではない中村家では、莉花の四歳下の弟、
この辺りから、莉花は金銭感覚ががらりと変わり、短期のバイトと長期のものを組み合わせて、スマホを購入した後の料金負担までを計算してやりくりするようになった。
途中から家族が携帯電話のファミリー割引制度を利用したので、余りは推しのアイドルグループにに使えるようになって、同年代の子と比べて多少は潤いがあった。
しかし、二年生に進級した途端にバイト三昧のツケが回って来てしまい、両親からバイト禁止令が出されてしまった。
遊ぶ資金も欲しい。バイト仲間とのふれあいは楽しい。働いて自分が少しだけ成長した気分にもなり、大人の仲間入りになったような優越感も捨てがたい。
しかし、学生の本分は学業、勉強である。若い内に沢山経験出来る事はある。勉強もその中の一つだ。
莉花は両親に説教をされる以前に、自覚もしていたので、このことを機会に先ずは自らの将来を見つめようと決心した。
下がった成績は、バイト代から通信教育の費用を捻出して、一年間だけに限りなんとかして学力向上を計ろうと決めた。
両親は、莉花が進学を望むのであれば、二年生の内から進学塾に通い始めてはどうかと提案したが、それは三年生になって、具体的に進路が固まってからにすると断った。
莉花は、そもそも将来を考えて大学進学を望んだ訳ではなかった。
周囲が皆そうするから、自分もそうすることが当然だと思い込んでいたのである。
『自分の将来……?ストレートで大学進学出来たとして……?卒業して就職するとき?何年後……え、五年後?二十二歳?』
まだ、自分の興味は推しのアイドルグループくらいしか見つかっていない。部活動もせず、バイトはスーパーやファミレスで品出しやレジ打ち、皿洗いから簡単な調理補助を経験しただけである。
「五年後かぁ……就職しているはずだよね、多分」
両親は結婚が早かったと聞いた。莉花は母親が24歳で産んだというから、23歳には結婚していたはずである。
「就職しました、翌年結婚?え、結婚資金は?親頼み……?いえいえ我が家では無理めだなあ。きっと。やだあ、それよりお相手をそれまでにゲットしないとなんないじゃない?……は?」
何とも気の早い話であるが、人生はどんどんと時を速めて刻み始める。
莉花は、薄々とその事実に感づいていた。
どんな人が好きか?どんな人と結婚したいか?
自分の職業は?夫になる人に望みたい職業は……?
「え~……そんなこと考えたら大学だって選ばなきゃ、だよねえ……でも私って文系でも理系でもない落ちこぼれちゃんだからなあ。どうしようかな?」
莉花は、高校二年生になったばかりで、これからバイトや遊び三昧を堪能しようと思っていたが、現実をいきなり突きつけられて、思わぬところで将来的ビジョンが少しずつ可視化されて来るのであった。
それは本人にとって人生を左右する出来事の前触れに過ぎなかった。
本格的に人生ががらりと変わるのは、三年生に進級した春のことである。
二年生の一年間を一年時の復習から始めてしっかりと基礎を固め、進級をする頃にはだいたいの希望する方向が固定された。
あとは希望する学びたい中味の具体的な情報を早めに集め、志望校を決定すれば一直線に受験モードに入れる。
落ち目であった成績も、学年では中の上かそれ以上の位置から下がることはなくなった。決してずば抜けて良い成績とは言えないが、まあまあといったところか。
「これは進路相談室とかネット収集じゃなくて、直にこの目と頭で確認した方がいいかなあ。片っ端からオープンキャンパスに行ってみる?それとも絞ってから?うーん……あ!そうだ、三者面談があるから、そこで相談してみよう!」
丁度その頃、受験勉強の息抜きと同環境の者の情報収集と愚痴放出を兼ねて、とあるSNSに登録をした。
ほんの軽い気持ちで受験生アカウントとして呟ければ気晴らしになるだろうとぽつぽつと始めたのであった。
幼なじみや学校の友だちとは無料通話ツールを使い、それ以外の見ず知らずの人たちとは別なツールを使うことにして棲み分けた。
莉花のユーザーネームである『かりん』は、中学時代に自分の名前を逆から読んで仲間内で呼び合うマイブームが起きた時に『莉花は、かりだから、かりんて呼ぶね!』と言われて、馴染みがあり、気に入っていた為にそれを使用した。
『かりん、三者面談終わった?ウチのとこはまだなんだ。そっちは進学校なの?』
SNSを開始して直ぐに、同じ環境の受験生たちが相互フォロワーになった。やはり呟く内容は受験色一色である。
『あー、うん、終わったよ。自分の学校は進学校まではいかないと思う。三分の一は就職だったり就職進学なんだよ』
『えーそうなん? で、オープンキャンパスはどうすんの?行く?』
『うん、先ずは行ってみないことには始まらないから、一度気になる
そんなやりとりをして、五月下旬の週末の一日を有意義に過ごした数日後のことであった。
全てはそこから始まった。
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