第5話 AYA(松崎綾人)高校三年生
兄は、大学受験に失敗したが、一年浪人して、無事に第一志望校へ入学した。綾人とは年子のような学年になった。
綾人はさんざん尚斗の影響を良くも悪くも受けまくっていた。とても影響されやすい性格であった。
兄はオカルトや超常現象に興味を持っていた。時々、タブレットを綾人の部屋へ持ち込んでは、動画サイトの専門チャンネルで発見した体験談を見せに来るのであった。
「兄貴さあ、俺、今年受験生なんだけど?兄貴は合格出来たからいいけどさあ、俺はい・ま!なんだよ!ちっとは考えろよな」
「何を言う!お前は少しストイック過ぎるんだ。多少の息抜きも必要なんだからな。失敗した俺様の経験が物語っている……身近に反面教師がいるんだ、有難く思えよ、でな、こっちの……ほら、見てみろよ、綾人!」
そう言っては、不思議な現象や紛い物じみた投稿サイトの掲示板を見せるのであった。
まさか、弟がその後の人生に超常現象が関わって来ようとは微塵も思わずに。
兄は全くの興味本位のみで、当事者ではなかった。
そんな訳で、綾人は少しずつ尚斗に毒されつつあり、高一から使い始めたSNSでは、そんな仲間たちが相互フォロワーとして集まっていた。
彼らの中から、これから起こる現象の中心人物たちが台頭して来ようとは、尚斗も本人の綾人もフォロワーたちも誰も考えつかなかった。
超常現象は、ネット上の世界のモノであり、自分たちとは無縁なモノである。一度くらいは経験してみたい。出来たらラッキーだ。すぐさまネットに挙げるだろう。
そんな宝くじの当選確率よりも低そうな現象は、殆ど他人事であったのだ。
その兆しが見え隠れし始めたのは、綾人が三年生になる少し前の春休みのことである。
「兄貴さあ……マンデラ、ってなんだか分かる?フォロワーの一人がなんかいつもと違うんだけど、《めっちゃヤバイマズい》連発してんだけど。マンデラマンデラ、っておまじない?」
尚斗は目を輝かせて身を乗り出して来た。
「え!今何つった!?マンデラ?って、あのマンデラエフェクトのことか?やっば、お前のフォロワーにマンデラーいるってこと?誰?誰?垢(アカウント)教えてみ!俺即フォローするわ」
いきなり説明を飛ばして自分の要求を突きつけた兄に怪訝そうな顔を向けると、綾人は残念そうに踵を返した。
「……いい。教えてくれないなら自力で調べるから」
「え、何そのぬか喜びだけさせといて、ヤリ逃げかよ!」
「兄貴には俺の垢教えるつもりないから。だからいいよ」
「なんだよ~!せっかく生マンデラーがいるのにお近づきになれないのかよ~!ケチ!お前の呟きなんかロクなこと呟いてねえんだろ?なんだよエロエロしてんのか?」
「……生マンデラー……?」
綾人は妙な胸騒ぎを覚えた。
……マンデラエフェクト?
……
そのワードが無性に心をざわつかせた。
「俺、体験記事しか読んだことねーけど。最近チラホラ投稿サイトで見かけるぞ」
尚斗は綾人の持っているスマホに視線を送る。
「……有難う。それだけ分かればいい。兄貴がSNSで検索かければヒットするよ。そいつ呪文みたいに連発してたからさ……鍵かけられない内に探して見れば?」
やけにあっさり提案したのは、既に鍵をかけて、フォロワー以外が読めない仕様になっているのを知っていたからであった。
しかしそのフォロワーとはあまり絡んでおらず、正直プロフィールページも詳しく確かめてはいない。タイムラインに流れて来る呟きを目にすることはあっても、双方でのやり取りは少なかった。イイね、を押し合うのがせいぜい、というところか。
胸騒ぎはしたけれど、マンデラエフェクトをネットで調べても、綾人にはいまいちピンと来なかった。所詮他人事である。
綾人は自分の性別をはっきりと示さずに、SNSを使用していた。身バレという自分の正体が知られてしまうのが嫌だった。
SNSに至るまで兄貴風を吹かされては、気が休まるどころではない。
またそれ以外にも、綾人を女子だと勘違いをしてフォローしている女の子たちとの楽しい語らいが遠のいてしまう。
リアル世界では女子とあまり親しく話せない綾人と、ネット上では気さくに話しかけられる『AYA』としての自分。どちらも自分ではあるが、尚斗には絶対知られたくはなかったのである。
無事に自分のアカウントを守りきれた春休みは終わり、綾人は三年生に進級した。
かねてから希望していた大学のオープンキャンパスが(自分の志望校の中では)割と早めにスケジュールが決められていたので、担任に詳細を聞きながら参加しておいた。
この時点では『マンデラエフェクト』のことなど、何処かに消え去ってしまい、頭の中にはなかった。
それくらい、とても上手く刺激を受けられた体験だったのだ。
あの、一人のフォロワーが問題発言をしてくるまでは。彼は春休み中に自覚をしたマンデラーであった。
『AYA!オープンキャンパスどうだった?かりんに会えたのか?何にも報告ないからさあ、どーしたか教えろよな!……可愛かった?』
……この時、綾人は『かりん』というユーザーネームを初めて知った。
自分のフォロワーにも、フォロワーのフォロワーにも、この時点では『かりん』は存在していなかったと後々のフォロワーたちが複数証言している。
問題発言は、この一名だけたには留まらなかった。
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