……ダメだ。数が多い、逃げるぞ
前方から伸びた蔦を山田さんが切り裂いた。だが、すぐさま次の触手が伸ばされており、彼の腹へ深々と刺さった。
「寄生されたか!? マズいな……」
唇を噛む空噛は、自身の左腕に注射器を刺し込み、腕を燃やす。
「火炎死神の左腕!!」
倒れかけた山田さんの腹に手のひらを押し付け火を移すと、植物が燃えて爆ぜるような音が響く。どうやら間に合ったようだ。
腰のポーチから回復薬を取り出して飲み干した。
「いくらアーマーがあるとはいえ、過信するなよ。一定以上の攻撃はダメージ減少ぐらいにしかならないからよ」
あくまでも気休め程度。けれど、ないよりはずっとマシだろう。
「迷惑かけてごめんね!!」
「気にしないでください、山田さん。大丈夫です」
申し訳なさそうな顔をした山田さんが再び私の前に立つ。
プラントガールが射出した種子を刀で弾き飛ばすと、足元を掬うようにアントルが牙を鳴らす。
「させない!!
着弾の瞬間にべとべとした液体が広がる。
接着剤のように牙を固めて動きを封じると、背後から風を纏った空噛が襲う。
「くたばれ、ゴミクズ!!」
スライムの体液を纏ったナイフがアントルの背中を貫き、煙が吹き上がった。激痛にのけぞる蟻の顎辺りに狙いを定め弾丸を放つ。
柔らかい首筋がむき出しになると、山田さんは即座に刀を振り上げた。
「これでやっと一匹。フライバットが増援を呼んでいやがるな……」
空高くを飛行する蝙蝠、フライバット。
握りこぶしほどの大きさのただの蝙蝠にしか見えないが、ちょこまかと動いて周囲をかく乱してくるモンスターだ。
さらにいえば、あまりにもうざったいため、他のモンスターはフライバットを追いかけてしまい誘導される。モンスター同士を戦わせ、疲弊した方を食べるという狡猾な狩りを行うらしい。
「最初のプラントガールと言い、呼び寄せてきてるのはコイツだろうな」
「どうするの空噛。かなりきつくない?」
けど、金色の瞳を充血させた彼ならば、無我夢中で突っ込むのだろう。
そんな風に考えてハンドガンを構えると、空噛がナイフをしまった。
「……ダメだ。数が多い、
その台詞は、おおよそ空噛の口からこぼれたとは思えない言葉だった。
モンスターの集団が全方位から突進してくるなんて、空噛を喜ばせるためだけに起きたようなシチュエーションで、彼が逃げる?
「どういうこと、空噛!!」
少し離れた岩陰で、身をひそめる。
いくら亀裂が大きく幅広いといっても、この狭い地形では、かすかな音も反響してモンスター達が寄ってきてしまいそうだ。
「はっきり言って、俺はドラマティック・エデンを信用していない。バトラーも同じだ。前回の換気口も何か仕込んでるんじゃないかと疑っている」
「けど、あれは完全なる事故だって言ってたよね?」
その謝罪として山田さんの無償治療、報酬の上乗せという対応を取ったのだ。
いくらドラマティックに仕立て上げるためとはいえ、あまりに危険すぎる行為だ。
私たちがあの場で全滅していれば、会場にモンスターがなだれ込んでいた可能性だってある。
「改めて言うが、俺は死にたいわけじゃない。それにお前たちの目標を達成する義務もある。それに今はスリルを求める余裕がないんだ」
何をもってバトラーたちのシナリオを警戒しているのかは分からない。けれど、背水の私たちが頼れるのは、空噛だけだ。
彼が疑うのなら、私たちも疑いの目を持つべきだろう。
「いくらドラゴンの出現が不安定とはいえ、こんなただの峡谷に現れるか?」
「……たしかに。タブレットで見た解説とは違うかも」
「ドラゴンは常に空を飛んで、雲の上で休むんだっけ。わざわざこんな谷底まで来るかなぁ?」
多少は誇張表現とはいえ、地面に降り立つことはめったにないのが龍種の特徴。
他の飛行モンスターとは格が違うのだ。
「今まで探してきてドラゴンの痕跡なんて見つからねぇ」
「そういえば、ドクターが調べた限りは痕跡が見つかってないんだよね」
本当に龍の目撃情報はあったのか?
何か別な目的があって、ドラマティック・エデンは私たちをラヴェーヌ谷に送り込もうとしたのではないか。
そんな妄想ばかりが膨らんでいく。
「けど、バトラーとドクターの見解が違うのは……?」
「そう。そこが分らないんだ」
山田さんのもっともな疑問に対して、私たちは首を傾げる。
ドラマティック・エデンも一枚岩ではないということだろうか。けれど、劇を謳うあの男がドクターに対する根回しを行わないとも思えない。
息をひそめて話し合っていると、風を叩くような羽ばたきが聞こえる。
「フライバット!!」
「なるべく身を隠せ、霞一花」
羽ばたく蝙蝠に対してハンドガンを構えるが、空噛が止める。
腕を引かれて岩陰に押し込まれると、口元を抑えられる。思わず抵抗しようとしたが、だんだんとこちらに近づいてくるのが見えて息をのんだ。
(お願い。来ないで……)
もう一度逃げようにも、次挟まれたら逃げ道はない。
心臓の鼓動すらもうるさく感じ始め、フライバットの羽音に怯える。谷底に落ちただけの岩なんて、何の隠れ蓑にもならない。けれど、それしか頼れないのだ。
本気で私たちを探すつもりならばすぐに見つかってしまうだろう。
私たちの潜む岩陰に近づくが、興味を失ったのか離れていく。
(向こうに行った……?)
(みたいだな。とりあえずはおちつけるか)
声を押し殺したまま様子を窺うと、周囲には誰もいない。ただ、むせかえるような腐った死体のにおいが立ち込めるだけだ。
だが、おかしい。
さっきまで何もいないことを確認して、この岩陰に隠れたというのに、どうして死臭が漂ってくるのだろうか。
「まって、死体の匂いが何でこんなに色濃く残っているの!?」
「一花ちゃん、危ない!!」
私たちが隠れていた岩陰の向こう側で、同じように潜んでいたモンスターがいた。どこか見覚えのあるスーツ姿の男は私に向けて腕を振るう。
けれど、寸前でそれをガードしたのは山田さんだった。
血にまみれたその歩く死体はまさしくゾンビ。
「その顔、
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三人の身長
一花 161cm
慧 179cm
たかし 173cm
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