他にも問題はある

「メタルアーマーMr.2が出来た。今日、パナセーアエレメンタルの討伐に行くぞ」


 珍しく空噛から呼び出されたかと思うと、菓子パンとエナジードリンクを持った彼が屋上で待っていた。

 わざわざ昼休みに声をかけてきたので、若干友達に疑われたが、適当にごまかしてきた苦労も知らず、空噛は一言だけ告げると私から目を背ける。


 面倒そうに菓子パンをかじり始める彼の隣に座って、弁当箱を開けた。


「パナセーアエレメンタルって?」

「……ここで話す必要があるのか?」


「だったらなんで話しかけてきたの!! 誤魔化すの大変だったんだからね」


 思わず声を荒げると、驚いたような表情をした。ような気がする。

 目元を隠すだけでも彼の表情は読めなくなるのだ。そもそも、サイコパスじみた笑顔以外ほとんど無表情だが。


「おもわずうれしくて。つい話しちまった」

「アンタね……。子供じゃないんだから」


 どうやら、ドラマティック・エデンから全員分の装備が完成したという連絡が入って、柄にもなくはしゃいでしまっているらしい。


「山田たかしには話したが、パナセーアエレメンタルの魔石はわずかだが回復効果がある。それに、元素の結晶が手に入れば、秘薬研究の役に立つらしい」


 元素の結晶とは、エレメンターやパナセーアエレメンタルの魔石から低確率で分離するドロップアイテムだ。

 魔石は単なる魔力の塊だが、結晶はエネルギーの塊。


 ドーピング剤や回復薬を作るのに都合がいいのは結晶の方だ。


「弱い毒ならパナセーアエレメンタルの魔石や結晶で回復できることを考えたら、秘薬の材料の一つぐらいの重要度かもな」

「山田さんの目標に一歩近づくってわけね!!」


 空噛はにやりと笑ったかと思うと、エナジードリンクを飲み干した。同時に昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。


「あ、まだ食べきってないのに!!」


 まえにも似たようなことがあったのを思い出し、次からは、屋上に空噛がいるときは食事を済ませてから話しかけようと心に誓った。




「お待たせ―!!」

「ああ。それより、頼んでたやつ買ってくれたか?」


 私は相変わらずコンビニのアルバイトを続けていた。それを知っている空噛は、腹が減ったときに私をパシリにしている。


「辛味チキンとエナドリでよかったんだよね」

「サンクス。お前の所が一番美味いわ」


 ある種の自画自賛なのだろうか。記憶が確かなら、私がアルバイトをしているコンビニの親会社は空噛商事だったはずだ。

 そう考えればドラマティック・エデンが私を利用するのも容易だろう。


 送迎車に乗ってドラマティック・エデンまで向かうと、いつものパーティー会場ではなく、Dr.ヴォルキヒの研究室へと案内された。背の低いテーブルと古びたソファには山田さんが座っている。


 肝心のDr.ヴォルキヒの姿は見当たらず、入り口のそばでアンバランスが頭を下げたままの姿勢で居た。


「何の用だ。パナセーアエレメンタル討伐の予約をしていたはずだが?」

「じきにドクターがいらっしゃいます。しばしお待ちください」


 そう言って、その場から離れると、すぐさま3人分の紅茶を持って現れる。収まりの悪い数にもかかわらず、カップを揺らすことなくテーブルに置いた。

 空噛と山田さんにはアイスティーで、私にはレモン付きのホットだ。


 たしかにドラマティック・エデンは冷房が効きすぎていて寒いと思っていた。


「……ありがとうございます」

「どうぞ、お召し上がりください」


 ただでさえ細い目元をさらに細めて微笑む。

 見た目だけホストのバトラーとは違って、実に様になっており思わず見とれていると、いきなりテーブルが光り輝き始めてヴォルキヒの顔が映し出される。


「ブフォ!! ゴホゴホ」

「ンッ!! これはずるいでしょ」

「うわぁ。彼がDr.ヴォルキヒ?」


 紅茶を飲んでいた空噛は噴き出してしまったようだ。私も突然映ったドクターに驚いてむせている。唯一、驚くだけで済んだのが山田さんだった。

 アンバランスからタオルを受け取った空噛が自分の顔を拭う。


 今度からはもっとましな方法で登場してほしいものだ。


「ごきげんようモルモット諸君。ご存知の通りDr.ヴォルキヒだ」


 随分奇抜な登場をしたDr.ヴォルキヒは、半分に割った卵のような椅子に腰かけており、背景には大量の紙やモンスターの素材と思しきものが散乱していた。

 どこか別室から通話を繋げているらしい。


「今回君たちを呼び出したのは、ドラゴンの調査のためである」

「ドラゴン? なんで俺たちに……」


「君たちの疑問はもっともだが、龍との接触は早かれ遅かれ通る道である。恵雨龍ケイウリュウの可能性もあり得るしな」


 秘薬の材料に必要だと考えられているモンスターだ。龍は生息区域を定めないため、どこに現れたとしてもおかしくない。


「その肝心の場所は?」

。設置してあるカメラが龍らしき生物を捕捉したと報告が上がっている。私がこの研究室から調査した限り痕跡は見つからなかったがな」


 その真偽を確かめる意味でも私たちに現場を調査してほしいのだろう。

 珍しくバトラーがこの件を一任してきたので、Dr.ヴォルキヒの特別依頼として、危険度やランク関係なしに私たちを向かわせるつもりらしい。


 ラヴィーヌ谷そのものは、☆1ランクであり、そこまで難しくはない。だが、本当に龍がいるとしたら問題だ。なにせMr.2装備でも一瞬で消し飛ばせてしまうらしい。


「それに、他にも問題はあるしな」


 歯切れの悪い様子で空噛は言った。

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換気口と同じく、エデンの各所に監視カメラは仕掛けられています。

ただし、監視カメラの場合、破壊されることが非常に多いので、恒常的に監視カメラ設置のための護衛ミッションが流されています。

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