淫魔蔦

「それに、他にも問題はあるしな」


 歯切れの悪い様子で空噛は言った。

 珍しく、躊躇ったような様子で言いどもっており、言うべきか迷っているようだ。


「ラヴェーヌ谷にはゾンビが出現するんだよ。俺はともかく、お前たち二人は殺せるのか?」


 それは、ずっと目を背けてきた話。

 無定形のスライムや無生物のエレメンター、そういった変化種のモンスターばかりを倒してきただけであり、唯一生物らしいのも混合種のアントルだけだ。人型のモンスターを倒すことに抵抗がないかと聞かれれば、分からない。


「……それが娘のためならば、私は悪魔にだって魂を売るよ」


 金色の瞳に見つめられ言い淀んでいると、山田さんの漏らした言葉にハッとさせられる。そして、自分がここに来た目的を思い出した。


「私も、そのくらいの覚悟はしてる!!」

「フッ。ならいい。ドクター、行き先はラヴェーヌ谷で扉を開いてくれ」


 軽く微笑むと、アンバランスが案内する扉の前に立つ。

 両手で髪をかき上げ、「さぁ、死神に祈りに行こうか」と呟いた。


 扉の向こうは、谷底のようで、天上からの光以外にに光源がない。下から見ると峡谷にしか見えないが、じつはかなり大きく地面が割れているらしく、太陽が頂点になくても明るさはさほど変わらない。


 今まで洞窟をメインに探索していた私達からすると、頭を遮るものがないだけで随分とすっきりした印象を受ける。

 けれど、明るさはあまり変わらないので鬱屈とした気分はそのままだ。


「ここ、臭くない? しかもなんかキモいんだけど」

「エデンに迷い込んだ人間は総じてここで自殺すると言われてるからな」


 それだけではなく、特殊な方法で行ける自殺スポットとして裏サイトなどでは有名らしい。空噛商事も対処しきれないほどのデマが流されており、本当に来れてしまった自殺志願者を止めることが出来ないんだとか。


「エデンなら死体が見つかる心配もないから、殺人犯の御用達だったりな」

「ちょっと、怖いこと言わないでよ」


 他のステージと違って人間を捕食するような生物が少ないせいで、亜人種のモンスターが増える一方で、手を焼いているらしい。


 ゴツゴツとした岩肌のありとあらゆるところに血痕が付着しており、ここ数週間で嗅ぎ慣れてしまった血の匂いがする。

 ちなみに原因は、空噛だ。


「龍の痕跡ねぇ。糞でも見つかれば話は早いんだが」

「ドラゴンの糞っていうと、大きいのかな?」


 そこらに転がる死体のせいで、それらしい匂いが分らない。けれど、龍の糞ともなれば、巨大で匂いも強いことだろう。


「ねぇ、糞以外にないの? あんまり考えたくないんだけど」

「鱗の欠片なんて落ちてるかもしれないよ? さがしてごらん」


 山田さんが苦笑いをしながら優しく諭してくれる。けど、地面を見ると死体から流れる血も目に入れることになって、正直キツイ。

 これでもかなり我慢して耐えている方だ。


 本当は今すぐにでも泣き叫んで帰ってしまいたい。

 弟や妹を抱きしめて家族みんなで布団に入って眠りたい。


 そうも言っていられないのが現実。

 私たち三人の前に、蔦の塊のようなものが立ちふさがった。

 大きさで言えば、バスケットボール程度。芯があるわけではなく、何本もの蔦を丸めて圧縮したような姿だ。


「プラントガール……!?」


 タブレットに記載されていたモンスター図鑑を思い出す。

 蔦が触手を伸ばしてきた瞬間には、私は二人の前に飛び出していた。棘の生えた蔦が私の腕に弾かれる。


「早く下がって!!」


 私を飛び越えて伸びた触手を咄嗟に掴む。パワーが強すぎて抑えきれていないが、空噛と山田さんには触れていない。

 私がどうして必死に止めているかと言えば、このモンスターの特性によるものだ。


 プラントガールは、混合種のモンスターであり寄生植物だ。

 そして、男性オスに寄生することで養分を吸収し、さらに大きく蔦を伸ばして、完全成体と成長する。ある程度まで育つと分裂して子供とするのだ。


 逆に、女性メスの体内に侵入することは出来ない。

 だからこそ、私が飛び出して攻撃を防ぐ必要があったのだ。


 ちなみに別名は淫魔蔦インマツタらしいが、エッチなことをしてくれるわけではない。なんなら、本気で殺しにかかるので気を付けてほしい。

 あくまで、メスには寄生が出来ないだけ、攻撃は出来る。


 両腕を触手にからめとられて、手首を締め上げる。あまりの力強さにハンドガンを落としてしまうと、思いきり空中へと放り投げられた。

 空中を舞う私の両肩に植物の槍が突き刺さる。


 アーマーのおかげでダメージにはなっていない。けれど、すぐに私の体を絡め取ったかと思うと峡谷の壁に叩きつける。


 押し固めた蔦の隙間から、寄生のための種が射出される。

 空噛はナイフで弾いたようだが、山田さんは太ももに直撃した。アーマーがあるとはいえ、寄生種の威力は桁違いだ。


「私は大丈夫‼︎」


 苦しそうな顔を浮かべているが、砂利道を走ってプラントガールに向かって行っている。早い段階であれば、寄生の大元を叩けば治せるはず。


「空噛走って。私が受けるから」

「わかった。無理はするなよ」


 彼の反射神経なら、種は躱せる。蔦を伸ばしての直接寄生さえ防げれば‼︎


 薄暗く血でぬかるんだ谷底を走り抜けて行く。鞭のような蔦が襲いかかるが、それらを撃ち抜いて前へと飛び出した。


「今更逃げても遅せぇよ」


 球状の中心へとナイフを突き刺す。空噛の背を襲おうとする蔦は力なくへたり込んで行く。


 動きが弱まった蔦の塊に山田さんの刀が滑り込む。

 決死の覚悟で一本の蔦を伸ばして寄生しようと試みるも、刀身が赤く輝く刀によって切り裂かれた。


「火炎の刀油。淡く燃え尽きなさい」


 空中を跳ねまわる蔦に対して最後の一突き。風に流されて灰となった。

 いくらモンスターと言えども所詮は植物。燃え盛る業火にはかなわなかったようだ。


「買ってよかったな。刀油」

「うん。これもモンスター素材から作るから、もったいない気もするけどね」


 刀油は、モンスタードーピングや特殊弾薬と同じ系統の物。刀はもちろん、剣やナイフに塗ることでモンスターの特性を再現した特殊な刀に変化させる。

 本来ならば、空噛もこっちを使うべきだと思うが、まぁ、ドーピングの方が好みなのだろう。正直、値段も安いので口を出す義理はない。


「けどまぁ、これでモンスター達を集めちまったな?」


 私たちの周囲を異形の怪物たちが取り囲んでいた。

 明らかにピンチな状況にもかかわらず空噛は不敵に笑って髪をかき上げる。


「さぁ、死神に誓え。ゴミクズ共が」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ミッションの受注方法は2種類ある。

一つは、空噛商事が用意したもの

例:監視カメラの設置や、特定の場所に行くための護衛。危険性の高いモンスターの排除。研究のための捕獲及び、アイテムの確保


もう一つは参加者が自由にステージやターゲットを指定できるもの。


普通は空噛が用意するミッションを受けることが多い。

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