私を捨てた父へと復讐するために!!

 カーテンの隙間から漏れる日差しを受けて、重い体を引きずるようにして起き上がる。


 今日は確か、弟の双馬そうまと妹の三久みくが通っている中学校の給食がおやすみになるらしく、お弁当を作らなくてはならないのだ。


 キッチンに向かう前に、ベビーベットで眠る弥栄やえの様子を見る。案の定オムツが膨れており、起きたら泣き出してしまうだろう。その前に取り換えておく。

 重量のあるそれを、専用のごみ袋に捨てるとキッチンで手を洗う。


「えっと、お母さんの朝ごはんが必要なくて……。あ、哺乳瓶も温めておかなくちゃ」


 眠い目をこすりながら冷蔵庫から卵を取り出してフライパンを温めていると、背後から三久がやってくる。


「お姉ちゃん、手伝うよ」

「ありがと。今日のお弁当、何が食べたい?」

「んー、冷凍食品でもいいよ。作るの大変でしょ」


 昨日残しておいた生姜焼きを弁当箱に詰めながら、冷凍食品を温める。本当なら、小さいハンバーグでも作って入れたいところだが、あいにくそんな時間はない。

 来年からは、双馬が高校生になるので、毎日お弁当を作ることになるのだ。


「はぁ、そうなったら、私もお弁当のほうがいいよね……」


 今は、母の余裕があるときか、家族の誰かがお弁当の時にしか作っておらず、たいていの日はコンビニで済ませている。栄養的にも経済的にも良くないとは思っているが……


「姉さん、おはよう」

「おはよう双馬。陽太たちも起こしてきて」

「うい……。テレビつけていい?」

「お兄ちゃん、私、朝の占い見たい!!」


 だんだんと日が昇ってきて、喧騒が聞こえ始める。


 ドタドタとあわただしく寝室から飛び出してきた六実むつみ六花りっかが冷蔵庫の牛乳を取り合う。軽く諫めつつ席に着くように促すと、眠そうな陽太と共に双馬がやってきた。


「衆議院議員の時雨正俊しぐれまさとし 議員が政治資金の横領を行っていた疑いで……」


「ニュースなんかつまんない!! 犬のやつにしてー」

「ちょっと、この後占いあるから、それだけ見せてよ」


「ダーメ。いいからご飯食べちゃいなさい。お姉ちゃんの片づけ終わらないでしょ!!」


 リモコンを取り合う兄妹たちを叱って、食器の片づけを始めた。


 だんだんと夏が近づき始め、冷たい水が心地よくなってくる。

 今年こそは、エデンゲームで稼いだ金でクーラーを新調しなくてはならない。それと、寝室に置く用の扇風機も新しく欲しい。足りないものはまだまだある。


「ほら、そろそろ時間でしょ!!」

「本当だ!! 行ってきまーす」

「「いってきまーす」」


 登校時間の早い小学生組を送り出すと、それを追うように三久も家を出て行く。


「姉さん、手伝うよ」

「別にアンタも三久と一緒に行ってもいいのよ?」

「いや、姉さん一人には任せられないよ」


 心根の優しい彼はいつもこうやって手伝ってくれている。双馬の両親は多額の借金を背負い自殺した。偶然母の知り合いだったこともあって、保険金と借金を相殺して、彼を私の母に託したのだ。

 齢5歳で両親の死を見せつけられた彼の苦しさは、私では理解してあげられない。


 ただでさえ傷を抱えているというのに、私が弱いせいで彼に負担をかけている。


「ねぇ、なんか悪いこと考えてない? 姉さんの手伝いは、俺が好きでやってることだからね?」

「……手伝いは助かるけど、アンタが一番好きなサッカーを頑張りなさい」

「別に、ただの遊びだから……。それに、無理してる姉さんを放っておけないよ」


「無理なんて……」と言おうとして言葉が止まる。

 私の瞳を見据える双馬の顔つきはいつもより真剣で。まるで大切な人を失うことを恐れているようだった。


「姉さん、なんか隠してることあるでしょ」

「な、何を言ってるの? 隠し事なんて……」

「いろんな支払いが重なったのに、一つも滞りなく払えるなんて、今までだったらあり得なかった。それに、昨日三久にお使いのお金を渡すとき、2万円入ってるが見えた」


「姉さんの帰りが夜遅くになってることと関係ある?」


 エデンゲームのことを話すわけにはいかない。この子の事だから、自分も参加すると言い出しかねないだろう。それだけは絶対にダメだ。


「別に関係ないから。子供のアンタがお金の事なんて気にしなくていいの」

「姉さん!!」

「ほら、学校遅れるよ? っていうか、私も遅刻しちゃう」


 片付けも終わって、私も支度をするために洗面台に向かう。鏡に映った私の顔には隈が出来ている。薬局から試供品として貰ったコンシーラーで誤魔化す。色味はおかしいが、仕方ないだろう。


「姉さん、本当に無理はしないでね。お願いだから、俺達を頼って!!」

「大丈夫だから!! ほら、行ってらっしゃい」


 双馬が出て行ったのを確認すると、家の裏手に止めてある自転車にまたがる。

 最期に軽く戸締りの確認と、空噛商事から派遣されるベビーシッターさんへのメモ書きを残して門扉の方から出て行くと、夜勤明けの母とすれ違う。


 私よりも濃い隈が目立っており、白髪の混じった髪はボサボサだ。食品加工工場で仕事をしていたせいか、ほのかに魚の匂いがする。


「おかえりお母さん」

「ただいま。それといってらっしゃい」


 クタクタのまま玄関へ歩いていく母を置いて家を出ると、去り際に呼び止められた。


「……一花、かすかに血の匂いがするわね」

「あー。ちょっと生理で……」

「そう。それは大変ね。薬はあるの?」

「大丈夫。もう用意してあるから」


「ならよかったわ。……一花、やめなさいとは言えないけど、あまり危険なことはしちゃダメよ」


 思わず身がすくんだ。

 何もかもを見抜かれているかのような背筋の凍る感触から目を背ける。


 私や双馬の探偵気取りは、母譲りだ。

 双馬や母に疑われている以上、今までよりも気を引き締めてボロを出さないようにしなくてはならない。


 遅刻ギリギリで学校に着くと、友人のレイナとみなみがファッション誌を片手に盛り上がっていた。


「おはよー」

「おはー」

「おはよ。あれ、さゆりは?」

「わかんないけど、今日も休みなんじゃない?」


 黒髪で、清楚系の顔立ちをしているさゆりは、私たちの中で唯一の真面目ちゃんである。めったなことで遅刻はしないが、家庭の事情で頻繁に休むことが多い。

 ホームルームが始まって先生が教室に来たというのに、彼女がやってくる様子はない。


「えーと、時雨は今日も休みか……」


 空いた机を眺めていると、学生名簿を持った男教師はさゆりが休みであると呟いた。

 ここ数日連続で休んでいるが、何かあったのだろうか?


 休み時間にその話をしようと思っていると、金髪ロングのみなみが、驚く話を始めた。


「この前さ、公民館の近くを通りがかったら、リスカキノコを見かけたんだよ」

「公民館って、あのコンビニの近くの?」

「そうそう。しかも、キノコ、女連れだったんだよ。2人とも変な迷彩の服着てて、女の方がフード被ってたせいで顔は見えなかったんだけどさ」

「…………」


 マズい。おそらくフードを被っていた女というのは私の事だろう。

 幸いにも偶然通りがかっただけで、しっかりと目撃したわけではないらしい。が、運悪く髪をかき上げる前の空噛を見られるとは思わなかった。


 普段なら、セットしてからゲームに望むのだが、この日は用事があって、そんな暇がなかったのだ。

 どうやら私の顔までは見られていないようで、空噛に不信感を抱いているが私のほうまで飛び火はしていない。何とかしてごまかさなくては……


「へ、へぇ。公民館ねー……。そんな面白い話、さゆりにも教えたかったねー。あ、さゆりといえばさ……」

「あ、昨日この話をさゆりにも話したんだけどよ。めっちゃ興味津々だったんだよ」

「え、それってさーちゃんが空噛のことが好きなんじゃない?」


「アイツが? さゆりって筋肉質な男が好きって言ってなかったか?」

「うーん。空噛って細いもんね」

「え、いつも長袖だからよく分かんなくない? あれで筋肉ダルマかもしんないじゃん」

「それはないだろ……」


 能天気な顔で目を輝かせるレイナにげんなりとした様子でツッコミを入れる。だんだんと話がズレていって、いつのまにかレイナがバスケ部の先輩に告白された話になっていた。

 みなみが心底どうでもよさそうに金色の髪の毛先を弄んでいるとチャイムが鳴る。


 レイナが口をとがらせ話したりないという表情を浮かべるのを無視して授業が始まる。

 幸いにもそれ以降の休み時間は、空噛の話になることはなかった。


 放課後、みなみの誘いを断ってコンビニのバイトに向かう。

 今日もエデンゲームに参加する予定だが、集合時刻までは5時間近くある。弟たちに疑われないためにも正規の手段で金を稼いでおかなくてはならない。


 あっという間に夜も更けていき、空噛が待つ公民館に向かう。

 左手首の傷跡が増えている彼に声をかけようとして、声が止まる。近くに人がいた。


 腰ほどまで伸びた真っ黒のロングヘアー、闇夜の中で浮いている蒼白の顔つき。けれど、凍てつくようにとがった目元の少女は、私の顔を見て驚く。


「一花さん!?」

「さゆり……? なんでここに!?」


 私の名を呼ぶ少女は、私の友人である時雨しぐれさゆりだった。


「なんでさゆりが、ここにいるの……」

「私も今日からドラマティック・エデンでお金を稼ぐからですよ」


 私の疑問に至極当然といった様子で答える。それを聞いている空噛も、特に何かを気にしている様子はなく。むしろ私の視線に対して首肯した。


「なんで……。どうしてさゆりも巻き込んだの!! 答えてよ空噛!!」

「私が慧さんに頼んだんです。私を捨てた父へと復讐するために!!」


 時雨という姓に、数日休みが続いていたこと。そして、という不穏な言葉で、思わず嫌な想像をしてしまう。


 けれど、彼女の覚悟に満ちた目を見ると、何も言えなかった。

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空噛商事は人身売買も行っています。(主に買うだけ)

買った人間は、最低限の衣食住を与える代わりにドラマティック・エデンへの参加を義務付けられ、毎月一定金額のノルマが課せられます。

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