絶対にこれは使わないから……
けれど、彼女の覚悟に満ちた目を見ると、何も言えなかった。
送迎車がやってくるまでの間、さゆりはここ数日の出来事を語ってくれるという。
「ニュースで知っていると思いますが、私の父は、政治家の
「父は自分の汚職がバレると、
「そこで会社が要求したのは、時雨さゆり自身だった。風俗に売り飛ばすなんてつまらない使い方じゃないぞ。ドラマティック・エデンで利用するためさ」
「ドラマティック・エデンがしてくれたのは、チュートリアルまででした。メンバー集めは自力でやれとのことでしたが、私には宛てがあった」
「それが、私達ってこと? でも、なんで……」
空噛はもちろん、私だってさゆりにドラマティック・エデンの事は話していない。たとえドラマティック・エデンの事を知ったからと言って、空噛や私たちを頼ろうと思いつかないはずなのだ。
「ええ、私も知りませんでした。けれど、みなみが教えてくれたんです。公民館で怪しいことをしている慧さんを見かけたと……。まさか、一花さんまでいるのは知りませんでしたが」
「で、時雨さゆりの要求はシンプルだ。ドラマティック・エデンが与えるノルマクリアの手伝いをしてほしい。それと、父親への復讐の協力」
家族との関係でもめている同士で気が合うのだろうか。いつになく上機嫌な様子で空噛は笑う。
ドラマティック・エデンのノルマと言うのは初めて聞いたが、さゆり曰く、生きるのに必要な衣食住を保証する代わりに、空噛商事から課される一種の家賃代わりのようなものらしい。
無論、ノルマ以上の働きには別途報酬が用意され、ある程度の金額を払えば、自分自身を買い戻すことだって出来る。
「そんなの、まるで奴隷みたいなものじゃない……」
「ええ、そうですよ。私は空噛商事の奴隷です。それもこれも、あの男のせいで……」
「アハハ!! つくづく親っていうものは自分勝手でゴミクズだな」
笑い飛ばす空噛を睨むが、唇を噛んで悔しそうな表情を浮かべるさゆりに対しては、なにも声を掛けられない。
結局のところ、恵まれた両親のもとに生まれた私は、人の気持ちがわからないのだ。
「さて、霞一花に文句が無ければ、俺達はお前に協力しよう。そのかわり、俺との約束も忘れるなよ?」
「ええ、シスターという女性の暗殺ですね。私の手を汚すのは気乗りしませんが、協力はします」
「だってよ。霞一花も文句はないな?」
姉を取り戻すために他人を殺そうとする空噛と、自身の尊厳を取り戻すために実の親を殺そうとするさゆり。けれど私は、どれだけドラマティック・エデンに染まっても殺すことをためらっている。
全部、私の心が弱いせいだ。
「……友達は見捨てられない。そんなことしたら、お姉ちゃん失格だもの」
「ありがとうございます。一花さんなら分かってくれると思いましたよ」
見たこともないような冷たい笑顔を浮かべるさゆりに、思わずしり込みをする。だが、ここまで聞いたら乗り掛かった舟だ。
元々、受けようとしていたミッションもなかったので、さゆりのノルマクリアの手伝いをすることにする。タブレットを起動してパーティメンバーの変更申請をすると、すぐに反映されたようで、ミッション受注の画面にノルマの欄が追加されていた。
「なにこれ、鉱石の納品? しかも100Kg!?」
「場所は、ミニエラ鉱山になっていますね。今月のノルマはこれだけですか……?」
「そうらしいな。まだ最初の方だから戦闘がメインじゃないんだろう」
鉱石を掘れと言われても、私たちはツルハシなんて持ってないし、鉱石と石ころの判別だってまともにできない。どうするのだろうかと悩んでいると、空噛が『自動採掘マシン』というのを見つけた。価格は1ミッションのレンタルに付き、15万円。
自動的に鉱石を掘ってくれて、判別と輸送まで行う優れ物だ。ただし、自動と言っても、自立機能までは無いので、機械を支えておく人員が必要になる。
そして、採掘中の人間を守り続けなくてはならない。
「私が採掘をしますから、お二人は私の防衛をお願いしていいですか?」
「まぁそれが妥当だろうな」
私たちの住む地球には、すでにほとんどの鉱石資源を取り尽くしてしまって残っていない。それらの供給は、全てエデンからまかなっている。だが危険も多いため、さゆりのような訳ありの人間を使っているのだろう。
「さて、送迎も来たようだし、行こうか。ドラマティック・エデンへようこそ」
「あまり気分のいい歓迎ではありませんね」
嫌そうな顔を浮かべてから空噛の手を取ってバスに乗り込む。バスの中ではタブレットを使ってミニエラ鉱山に出現するモンスターの予習をしておく。さゆりも隣に座って一緒に眺めている。
「一花さんは、私を軽蔑しますか?」
不意に彼女から声を掛けられた。
私のドラマティック・エデンへの参加理由は家族を幸せにするためであり、家族を殺すために参加しているさゆりとは正反対だ。だからこその疑問。
「正直、協力するかどうかは迷ってる。家族を殺したいほど憎んだことがないから……」
「そう、ですよね。きっと私の感性がおかしいんです。けれどどうしても、家族に恵まれた一花さんを羨んでしまします」
怨みのこもった力強い目。
きっとドラマティック・エデンは、さゆりのこういう部分を見て、彼女が参加せざるを得ない状況に追い込んだのかもしれない。
そうこうしているうちに、ドラマティック・エデンへと到着する。
さゆりの装備品を整えているうちにゲームの開始時刻になったようだ。てっきりバトラーが嫌みの一つでも叩きつけてくるかもしれないと身構えていたが、杞憂だったらしい。拍子抜けだ。
いや、別なチームに発破をかけるのに忙しいようで、私たちに構っている暇がないだけだった。
ウエイターに案内されて、ミニエラ鉱山へと向かう。
扉を開けるとすぐ目の前にトロッコが用意されており、いくつもの分岐点が見える。
ケイブ洞窟とは違って、たいまつではなくしっかりとした頑丈なランタンが吊るされており、人工的に作っているため思ったよりも明るくて広い。
地上と繋がっている部分があるのか、分かれた道の向こう側から風が吹いていた。
「油臭いね……」
「それに焦げた匂い……。錆びた金属の匂いも酷いな」
「かなり暑いですね。風も生暖かい……。質の悪いサウナのようです」
環境としては劣悪だが、全てレールが敷設されていて移動には困らない。ただし、事前のアナウンスでは、レールがモンスターに破壊されていることがあるため、使うのは自由だが、安全は保障しないと言われている。
「よし、トロッコを使って奥までいくか」
「ちょっと、さっきウエイターから聞いた話を忘れたの!?」
「スリルがあって最高じゃねぇか。少し危険なジェットコースターだと思えば怖くねぇよ」
「私、ジェットコースター乗ったこと無いんだけど……」
ワクワクした様子でトロッコに乗り込むと、隣に設置されたレバーを操作して行き先を変える。あまり奥深くまでいくとボスモンスターに出会う可能性があって危険なのだ。
全員が乗り込むのを確認すると、トロッコ後方に付いたエンジンに火をつける。
「ちょっとまって、エンジン式ってことは……」
大きな爆発音とともに、ガタガタとトロッコが揺れ始めた。
最初はそこまで速いスピードではなかったが、坂道を下るにつれてどんどん加速していく。
壁際で寝ていたモンスターを軒並みたたき起こすほどに荒々しくレールを駆け抜ける。目的の場所周辺になると、甲高い金属音が鳴ってタイヤとレールが擦れてエンジンの出力が下がり始めた。
「ハハハ。クッソ面白いな」
「少し、気分が……」
「次来るときは、絶対にこれは使わないから……」
軽快に笑い飛ばす空噛に対して、私たちの表情はまさしく蒼白と言った様子。血の気の引いた顔と検索すれば、壁際で吐いているさゆりの顔がヒットするだろう。私は空噛への怒りで真っ赤に燃えている。
「さゆりは今日が初めてなんだから、危ないことしないでよ!!」
「そりゃ、無理な相談だな。エデンゲームは危険まみれだ」
山田さんが居ればトロッコを見つけた時点で、空噛を止めていただろう。
「ウッ……。はぁはぁ。もう大丈夫です……」
「いや、絶対大丈夫じゃないでしょ。ほら、水飲んで。空噛、ちょっと休憩させて」
「ああ。ちょっとやりすぎたかな……?」
ちょっとどころではないが、ここで文句を言っても仕方ないだろう。削られた岩壁に胃液をぶちまけながら肩で息をするさゆりの背中をさすってやる。少しずつ落ち着きを取り戻してきたようだ。
「では、採掘器を稼働させますね」
まだ顔色は良くないが、採掘器を支えるだけならアーマーの身体強化機能で十分に果たせる。
がりがりと岩を削る音が背後から響くが、狭い鉱山の中ではあまりにも目立ってしまう。
ケイブ洞窟でも聞いた不快な水音が採掘音の中に混じって気が引き締まる。
「一歩も近づかせるなよ」
「言われなくてもわかってる。空噛こそ、突っ込みすぎないでね」
ナイフを構えて不敵に笑う空噛を窘めて、接近するスライムにハンドガンを向けた。
「死神と遊ぼうぜ。ゴミクズ共」
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ミニエラ鉱山は空噛商事が掘ったので、完全にマッピングがされています。ただし、一部モンスターが追加で掘った穴があるので、マップに描かれていない道はめちゃくちゃ危険です。
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