お姉ちゃんパワー舐めんな!!!

 洞窟といってもそこまで暗くはない。岩石質な壁には等間隔にたいまつが備えられており、多少薄暗いが見えないほどではなかった。


「俺たちの目標は、スライム5体だ。動画で見たと思うが、モンスターには魔石っていうものがあるから、それを手に入れる」


 魔石というのは人間でいう心臓や脳の役割を果たすらしく、モンスターそれぞれの特徴を決定づける遺伝子的なものが含まれている。だいたいは紫色の結晶程度の大きさで、同個体で場所が違うということはないらしい。


「このあたりの水辺にいるらしいが……」

「ねぇ、私の見間違いかな。あの水たまり、!?」


 ファンタジーゲームに出てくるようなかわいらしい見た目ではない。単なる汚水の塊だ。かすかに濁っていて、半透明な液体の中に紫の石ころが浮かんでいるだけ。

 私の本能は、アレを生き物だと認めたがらなかった。


「幸先がいいな。こんなに早く見つけられるなんて」


 空噛が勢いよく飛び出していったかと思うと、ためらいもなく左腕を液体の中に突っ込んだ。たちまち煙が吹き上がり空噛は苦悶の表情を浮かべる。


 不敵に笑いながら腕を引き抜くが、真っ赤に焼けただれていた。

 その手の中には魔石。


「アンタ、何してんの!?」


 スライムはただの液体ではなく、変質化した汚水の塊。魔石の力によって体を構成する液体は酸性へと変化し、たいていの物質を溶かす特性を持っている。

 そう話したのは空噛自身であり、まさか忘れていたわけではないだろう。


だよ。俺がこいつら相手に刺激スリルを味わうためには、左腕でも犠牲にしなきゃならねぇ。大丈夫、このぐらい労災の範疇だ」

「だからって……。危険すぎるわよ」


 一定の傷であれば空噛商事が労災と称して治療してくれる。動画の中では冗談交じりに『手足が飛んでいなければ治療いたします』とバトラーが言っていたが。それがあっても空噛の行為は常軌を逸していた。


「なにはともあれ、1体目は倒した。コレ、持ってろ」


 勢いよく魔石を引き抜かれたスライムは、自身の形を維持することができず、道端に捨てられたアイスのように消えてなくなる。

 洞窟のシミとなったスライムの跡を離れると、大きな洞窟湖にあたった。


「今回のミッションはわざと失敗する。クリアしちまうとランクが上がるし、同じミッションを再受注するためには何日か置く必要があるからな」

「スライム5体ってことは、4体目で止めるってこと?」

「ああ、そうだ。ミッション目標数の半分を超えれば、ペナルティも受けずに済む」


 ランクとは、ミッションにおける☆の数。あのシスターたちは最高ランクまで到達しているからこそ、最高難易度のミッションを受けられるらしい。逆に目標の半分以下でゲームを終わらせると、リタイア扱いとされ、ペナルティを受ける。


 ペナルティの内容は空噛も知らないらしいが、碌なことじゃないことは確かだ。


「無事に帰るまでがミッションだ。成果をもって来た道まで戻れればゲームクリア。途中で野垂れ死んだらゲームオーバー。簡単なルールだ」

「チームの人数が一人になったら、強制終了でしょ」


 私たちの場合、どちらかが死んだらその時点でおしまいだ。だからこそ慎重に動くべきかもしれないが、この男にそんな様子はない。

 暗がりの中を睨みつけながらスライムを探していた。


 湖の周りを探索していると、よどんだ水たまりが動き出す。目もないのにどうやって私たちのほうへと来ているのかはわからないが、とにかく近づいてきた。


「ちょっと、今度はスライムの中に手突っ込んだりしないでよね」

「ああーどうだろうな。まぁ、痛いからやらねぇ」

「いや、やっぱりやるかもな。そういう極限が好きでゲームをやってるわけだし」


 少し下がった前髪をかき上げなおすと、腰に差したナイフを取り出す。

 適当な持ち方であるのは、また腕を突っ込んで溶かすつもりなのだ。


 私も空噛の背に隠れてハンドガンを構えるが、撃てないだろう。間違って空噛を撃ったらと思うと引き金が引けなくなる。

 それに、モンスターに近づく勇気もない。


「さぁほら、死神に祈れや!!」


 足元を蠢くスライム相手にナイフを振りかぶって液体を弾き飛ばした。勢いよく弾けた汚水は岩に触れると微かに蒸発させる。

 ころころと魔石が転がったかと思うと、空噛はそれを拾えと言った。


「そのまま持ってろ。次の奴が来やがった」

「まって、こっちにもいる!!」


 湖が泡立ち、濁った水が浮かび上がる。そのまま水面から這い上がって私の方へと近づいてくる。ズリズリという水音が気持ち悪い。


(撃つ!? けど、当たらなかったら? そのせいで反撃されるかも。空噛を待った方が良い!? どうしよう……!!)


 にじり寄ってくるスライムを前に少しずつ後ろに下がる。空噛の方は逃げ回るスライムをとらえきれずにいるようだ。

 コポコポとスライムの体内で泡立ち、中の液体が射出される。


「熱っつ!! 痛い!! 痛い!! 痛い……!!」


 放たれた汚水はもちろん酸性。

 狙いは外したようで足元に少しかかった程度ではある。が、その毒性は紛れもなく異界の生物の物であり、あの汚水の中に手を突っ込んだ空噛に恐怖すら抱いた。


「マジで無理なんだけど……」


 いくら金のためとはいえ、死ぬのは怖い。

 死んだら、もう二度と家族には会えなくなるのだ。


「私が死んだら…? そんな最悪、ぶっ壊してやるわよ!!」

「お姉ちゃんパワー舐めんな!!!」


 BANG!!


 ハンドガンを両手でつかんで引き金を引く。無骨なデザインとは裏腹に銃自体は軽く取り回しもいい。反動もそこまで大きくなかったため狙いを外してはないだろう。

 初めて撃った銃は、案外こんなものなのかと拍子抜けするほどであり、くたびれた液体の染みを見ても生き物を殺した実感はわかない。


「なかなか、やるじゃねぇか。これでちょうど4つだ。帰ろうぜ」

「これで、いくら稼げるの?」


 空噛はかき上げた髪を少しだけ垂らして「しらねぇ」と無責任に答える。


「スライム4体。クリア報酬は貰えねぇから、多くても1万だろ」


 たった30分の出来事だというのに1万円。同じ金額をあのコンビニで稼ごうと思ったら、深夜の時給でも約10時間は働かなくてはならない。


「今日は初日だしこれで終わるが、いいか?」

「うん。空噛、改めてありがとう」


 ほんの少しでも家族の足しになるなら


(私は命を使いつぶしてやる!!)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


30分で一万円って……。

命がけという割に安すぎませんかね?

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