必要なのは神じゃない
洞窟を引き返してドラマティック・エデンへと繋がる扉まで引き返す。岩石質な壁に不自然な扉が埋め込まれており、その前には飽きるほど見た顔つきの男が立っている。
「そうだ、霞 一花。お前が今着ているアーマー、ハンドガン、弾薬、回復薬、全部ひっくるめて30万ぐらいするからな。返すまで死ぬなよ」
「さ、30万!?ちょっと、そんな高いなんて聞いてない」
「だったら、素手で戦うか?無理だろうけどな」
無利子とはいえ30万円なんて大金を返すのにどれだけかかるだろうか。たしかに1時間と経たずに1万円を稼げた。けれど、それがずっと続けられるわけじゃない。
「別に俺は金には困ってない。お前が踏み倒すかもしれないというスリル込みで貸してやってるんだ」
「そうは言っても大金に変わりはないでしょう?本当に時間がかかっちゃうと思うけど……。それに家族のためにゲームに参加してるわけだし」
「ああ、お前の事情は分かってるよ。家族のためにマジになれるのは、いいことだとも思ってるしな。俺もそうなりたいものだよ」
偉そうに吐き捨てて扉の向こうへと渡っていく。ウエイターに案内されてドラマティック・エデンのテーブルに座ると、またモニターが降りてきた。
誰も彼も血まみれの満身創痍といった様子で、どこか病的にモニターを見つめていた。全員の視線の中心に立つようにバトラーがやってきたかと思うと、両手を広げて空噛商事を褒め称え始める。
「さぁ、それでは、結果発表に参りましょう!!」
私たちの名前が表示されたかと思うと、その隣にはリタイアという文字。
スライムの魔石を4つしか集めずに帰ってきたからだろう。
その後もランキング形式で全員の名前が表示されていったかと思うと、突如壁側の扉が開いて、最高難易度に挑んだはずのシスターが帰ってくる。
背負っていた大鎌を失くし、二人いた筋肉質の男のうち一人の姿は見当たらない。もう一人の男も、本当に生きているのか怪しいほどズタボロだ。
「おや、ドラゴン退治は失敗のようですね?」
「お願い!! だれか…助けて」
シスターが縋りつくような目で舞台に立つバトラーを見つめる。だが、侮蔑の表情を浮かべるだけで金髪の男は動こうとしない。
「シスター、命のお買い上げですか?」
「お願い!! ヴァル兄を…。ヴァルカンを生き返らせて!!」
命の売買。
ドラマティック・エデンは、神に仕える女を前にそう尋ねた。
「ヴァルカン様の蘇生は、16億5000万円にございます。お買い上げで?」
「お願いします。ヴァル兄を……返してください……」
「残念ですが……
お金が足りません」
モニターに表示された金額は16億4480万円。
約500万円程足りない。
「空噛、本当に生き返るの……?」
「さぁな。俺も見たことはない。人体蘇生は、最低で10億以上の値がつく。そうおいそれとできることじゃねぇ」
シスターが涙を浮かべ唇を噛む。
憐れむような目をしておきながら、バトラーは会場中に響くような声で高笑いをしていた。彼女が緩慢な動きで腕を差し出したかと思うと
「私の左腕。金になるでしょう?」
「そうですねぇ。せいぜい300万ってところでしょうか」
「俺の、臓器は……?」
バトラーの冷たい視線に、後ろで倒れていたゴリアテが言う。
「残念ながら無価値です。ボロボロすぎて使えない」
一刀両断。
初めて、人が本気で絶望した顔を見た。
「お願い。神さま。我が兄をお導き下さい……」
「ヴァルカン……!!」
「アハハ。祈りなんて無意味ですよ。必要なのは神じゃない。金だ」
残り200万円。
きっと、私の体にそれだけの価値はない。ならばできることは限られている。
「空噛、ごめん」
「は? 馬鹿なことを考えるなよ」
空噛の持つタブレットを奪い盗って、『購入』の項目の一番下にあったボタンを押す。打ち込む金額は200万円。迷いなく打った。
「そのお金!! 私が払います」
「おいおいおいおい。お前は馬鹿なのか!?」
空噛が髪をかき上げ茫然とした顔をしている。
涙で腫れた目をこすりながらシスターは私を見つめていた。彼女だけじゃない。会場の全員が私の手に握られた200万を見つめている。
「足りない分、200万円。私が払います」
「なん……で……?」
「家族なんでしょう!? だったら、一緒じゃないと」
家族のために自分の腕を差し出す彼女の姿を見ると、考える前に動いてしまっていた。
余興を潰されて腹を立てたのか、忌々しそうにバトラーは私を見る。
けれど、すぐに自分の仕事思い出したのか、私の手から200万をひったくって、シスターと共にドラマティック・エデンの奥へと消えていった。
しばらくして戻ってくると、シスターの腕が無くなっている。
その後ろには趣味の悪い棺が運ばれてきており、のぞき窓から見える顔は、ゲームが始まる前に見かけた筋骨隆々の男だった。
「今は寝ているらしいわ。すぐに起きるって」
残った右腕で傷口を抑えながら私の目をまっすぐ見つめる。
「本当にありがとう。感謝してもしきれないわ」
「いいの。気にしないで」
私だって家族の身に何かあれば、大金を払ってでも守る覚悟がある。それこそ、命を賭けたって惜しくはない。
「お涙頂戴物語をしているところ申し訳ありませんが、その200万円、利息が付きますからねぇ?」
意地の悪い笑みを浮かべたバトラーが舞台の上から見下ろしてくる。現実を見据えていない私をあざ笑うかのような顔をしている。
「だったら200万返せばいいんだろう?」
いつの間にか背後に立っていた空噛がタブレットを突き出している。私の名前の隣に表記されていた-200万円という数字はいつの間にか0になっていた。
空噛が肩代わりしてくれたのだ。200万円の借金を。
「なんでそこまで……!?」
「これはリスクだ。お前が踏み倒すかもしれないというスリルを味わっているに過ぎない。そして鎖だ。あとはお前に感じた気持ち悪さを潰せるかと思って……」
私をゲームに縛り付けるための鎖。
ことごとく楽しみを潰されたバトラーがわかりやすく舌打ちをしたかと思うと、近くのウエイターに指示を飛ばして、私たちを席に戻す。
張り付けたような笑顔に戻ると、モニターの前に立って声を張り上げる。
まるで何もなかったように結果発表の続きを始めた。
スライムの魔石を売却し、報酬の9600円をウエイターから受け取ると、空噛は6000円を押し付けてきた。
「9000円が霞 一花の取り分。そこから3000円は俺への返済とする」
いいだろう?という問いかけに私は頷くしかない。
残り229万7000円
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バハムートの討伐に失敗したシスターたちは返済の見込みがないとされて、金が借りれませんでした。
逆に一花は、売れる臓器も春も残っているため、借りれました。
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